第32話 祠へ

「ということは、三輪さんは祠の位置をご存じなんですね」

「ええ。案内しましょうか」

「それはもちろん。ああ、それと、生徒がいなくなった高校の先生たちを調べてもらえますか」

「は? 先生?」

 急に神隠しから現実の事件の話に戻り、三輪は一瞬きょとんとする。が、刑事との仕事を忘れていない、指示は早かった。

「山本、頼めるか。有力容疑者が紛れ込んでいるかもしれん」

「了解しました。すぐに本部に確認します」

 どうして先生なのか。それを訊ねなくても、そう指示してしまうとはさすがだ。

 理土はこうやって捜査とは進んでいくのかと、ちょっと複雑な気分だ。これも一度容疑者扱いされた故の穿った見方というところである。

「いや、本部まで戻って、詳しく聞いてくれ。必要とあれば、再度聞き込みも頼むぞ。こっちはいわばサブ。生徒たちの居場所を探しているようなもんだからな。先生、何を重点的に聞き出しておきますか」

 いや、三輪は凄いのだと、今の指示で認識を改める理土だ。的確に状況を判断している。いやあ、優秀な刑事って本当にいるんだな。

「車を所有しているか否か。それと、学校での人気」

「に、人気ですか?」

「ええ。人気があるかないか。そのどちらかに極端にぶれている人が怪しい」

「了解です」

「では、この車は乗って行っても?」

 三輪と山本はすぐに動き出した。運転していた三輪は降り、助手席にいた山本が運転席に乗り込むと走り去ってしまう。三輪は今日は優弥の車に厄介になるというわけだ。幸いというか、優弥の車は五人乗りだ。ちょっと狭くなるが、移動には支障はない。

「有力な情報をあちらから得られるかもしれないですが、こっちも動きましょう。先生、戦力がまた一人になっちゃいましたが」

「いえ、それは問題ないです。俺としてはこうやって伝承が調べられればいいので、火急に解決しなければならない問題に対して、動ける人員を連れて来てくれただけで助かります」

 これは本音で、優弥とすればこの神隠しがどうして夏輝を動かしたのか。この点を知りたいのだ。夏輝に唆されて本物の事件を起こしている犯人はどうでもいい。

「そうですか。じゃあ、行きましょうか。運転は」

「それは長谷川にやらせましょう。昨日、しっかり寝ていましたからね。三輪さんは助手席に乗ってナビを。俺たちは三人で後ろに乗ります」

 こうして優弥がてきぱきと座る位置まで決めてしまい、長谷川も特に文句を言うことなく運転席に納まった。寝て体力を回復しているのは事実というわけだ。後部座席には優弥と理土が窓側、蘭子が真ん中で落ち着いた。

「山道だよな」

「ああ。何となく道はあるけど、舗装はされてないね。先生が言っていたように、昭和の最初の頃までは寺があったらしい。だから道として未だに残って入るんだ。しかし山崩れなのか何なのか、戦争のごたごたと相俟って、今は市街地に移動しているんだ。その辺の謂れはどうも曖昧だな」

「そんなことってあるのか」

「まあ、昭和の初めだからさ。神隠しだって爺さん婆さんしか知らないのも、案外寺が移動しちゃったからかもよ。あれ、でも寺なのに神様って変か」

「いえ。神仏習合の考えがありますからね。明治の頃に神仏分離が行われましたが、明確に分かれずに終わった場所もあります。特にお寺の中にあったのだとすれば、随分昔から仏様として扱われていた可能性もありますしね」

「ああ。なんか日本史で習った気が」

 優弥の説明に、聞いたことはあるけどねえくらいの三輪は頭を掻く。

 まあ、誰だってそういうものだ。興味がない事柄が恐ろしく早く忘れてしまう。理土なんて神仏分離を習った事実さえ忘れているほどだ。

「まあ、細かいことはどうでもいいんだよ。そこに怪しげな祠があれば、誰だって怪談の一つでも作りたくなるんじゃないか」

「お、長谷川にしてはまともな意見だ。そういう場合もある。誰かが最初にもっともらしく言い出したことが、いつしか定着してしまったというのもパターンとしては十分にある」

「へえ。『世にも奇妙な物語』みたいですねえ」

 三輪が何だか妙な納得の仕方をしたところで、車は山道へと入っていった。ごとごとと揺れる車内に、理土は酔い止めを飲んでくるべきだったかと思う。

「これ、四駆だっけ」

「一応は」

「一応ってなあ。まあ、大丈夫か」

 ひっくり返らないかと心配する長谷川だが、思ったほど悪路ではない。今も林道として使われているのか、ある程度は平らにならされた山道が続く。つまり、近頃も行き来があった証拠だ。

「あるいは犯人か」

「ああ、そうか。下見したり攫った生徒を連れてきたりで、道が車で踏み固められたとか」

「その可能性も無きにしも非ずだな」

 長谷川と三輪は徐々に刑事らしい顔で道を見始めた。たしかにがたごとと揺れはするものの、大きく揺れることはない。理土も思わず唾を飲み込んだ。

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