第31話 神社と祠

「そう、文字通りに失踪で、神隠しの如く目撃者もいなければ、どこに行ったのかも不明なんだ。美莉が上野でいなくなったというのも、直前に上野にある美術館にいたことが解っているからだが、だからどうしたって話だろ。しかし、夏輝は弁財天に魅入られたのではないかと考えているようでね」

「はあ。じゃあ、安倍さんが妖怪になったのは」

「取り戻すため、と考えるべきかな。夏輝の失踪は意図されたものだ。今となっては解らないが、あのレストランで受けた電話がきっかけだったはずだ。咄嗟に大学からだと嘘を吐いたが、何か事件に関わる重要な連絡を受けたに違いない。もちろん、随分とやつれていた印象を受けたから、何かがあるんだろうが」

「じゃあ、安倍さんも何かに魅入られて?」

「いや。もちろん、いなくなったのは唐突だ。しかし、その一週間後には大学に辞職願が出されているし、荷物は俺に取りに行くよう指示してきている。そして、同時に奴は事件を起こし始めた。それも、妖怪の存在を臭わせるような、不可思議な事件をね。その最初に巻き込まれたのは俺で、そんな俺を助けたのが美莉のいとこでもある野崎君だ。さらには担当刑事として長谷川とも再会することになった」

「はあ」

 何もかもが複雑に絡まっているのか。理土はもう頭がパンクしそうだった。ともかく、夏輝が事件を起こすきっかけは美莉の失踪であり、それは上野に祀られる弁財天に関係し、そして、妖怪でなければならないことだと。

「そうなんだ。非常にややこしい。だから今回、どうして自分の名前を大きく出してまで、この事件を追わせているのか。非常に謎だよ」

 本当に事件はこのまますんなり解くことが出来るのだろうか。優弥が吐息とともに小さく吐き出した言葉が、理土の心にも不安を生んでいた。




 翌朝。昨日の夜の話のせいで全く眠れなかった理土は、ふらふらとしつつも青空の下にいた。

 朝食を済ませ――これはホテルの外観からは想像できないほど美味しかった――さあ、今日も神隠し調査だと車に荷物を積み込んでいる最中だ。が、眠いものは眠い。思わず欠伸が出てしまった。

「大丈夫か、情けない。枕が変わっただけで寝れねえなんて」

「酒飲んで爆睡していただけの人に言われたくないです」

 揶揄ってくる長谷川に、優弥と色々検証してたんだと言い返した。すると、そうなのかと驚いた顔をする。まったく、いい加減に認識を改めてもらいたいものだ。常にぼんやりしているわけじゃない。本当かと疑わしそうな長谷川だったが

「倉沢君は鋭い洞察力を持っているようだからな。非常に役立つよ」

 優弥がそう援護射撃をしてくれたので納得したようだった。

「鋭い洞察力ねえ。まったく見えねえ」

 が、そう簡単に認識を改める気はないからなと付け足してくる。本当に性質が悪い。これだから刑事というのは厄介なのだ。

「ああ、みなさん、お揃いですね」

 そこに三輪が車で駆け付けた。横には見慣れない、見た目で刑事だと解る人物が乗っている。要するに強面だ。遠藤憲一えんどうけんいちを思い浮かべれば、ほぼ間違いない顔をしている。

「こっちは俺の相棒の山本洋司やまもとようじです。昨日の話を本部に持って行ったところ、ちょっとでも手掛かりが入るならと、連れて行くように言われまして」

「山本です」

 山本は寡黙なのか、名前だけ名乗って一同に軽く頭を下げたのみだ。それに三輪は苦笑しているが、使える男なのでと付け加えた。

「今日から本格的に位置を確定しなきゃいけないからな。人は多い方がいい」

 長谷川はいいよだなと優弥を見ると、優弥も大きく頷いた。

「そうだな。地元をよく知る刑事が二人いてくれると、二手に分かれて捜索することも可能になる。昨日の聞き取り調査から、あちらかこちらかというところだからな」

 優弥は手に持っていた手帳からこの辺りの地図、もちろん夏輝から送られてきた地図を取り出し、あれとこれだろうと、実際の山を指差してみた。その地図には昨日の夜のうちに情報が書き加えられている。

「本当だ。二か所に偏ってるな」

 長谷川が地図を覗き込み、綺麗に傾向として出るもんだなと感心している。

「ああ。ただ、二か所に分かれたのは記憶が曖昧なせいだろうと思っている。そこに後付けの知識、つまり神社や祠があるということでこの二つに絞り込まれたのだろう。

 ウェブ上の地図でも確認してみたが、あちら、ここから見て右手にある山には大きな神社がある。そしてもう一方の隣の山には、昔は小さなお寺があったようで、曰く不明の祠もあるらしい。つまり神隠しを覚えている人たちは、そのどちらかの神様だろうと考えているってわけさ」

「へえ。確かに神社も祠もありますね。小さい頃、どちらも夜に肝試しで行ったことがあります。神社はともかく祠はかなり不気味でしたねえ。昼間でも十分に不気味でしたけど。確かにあそこなら、人を攫う神様でも棲んでいそうだ」

 そう言うのは三輪だ。なかなかの悪戯小僧だったのだろう。夜に山に行くなんて、理土だったら絶対に考えないことだ。いや、それ以前に、ビビりなので肝試しなんて一度も参加したことはない。夜の山なんて行きたくない。それが本音だ。三輪のような冒険心を持つなんて土台無理である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る