第30話 キーワードは女性

「みたいだな。それこそ、不忍池の何かに絡むんだろうよ」

「ああ」

 でも、調べられないままなのか。理土ももどかしくなってしまう。

「だが、不忍池そのものは解らないものの、弁財天に関してはある本に出合ったことで唐突に理解した」

 優弥はそう言うと、持って来ていたボストンバッグから一冊の小説を取り出した。まさかの小説と思ったが、タイトルが『神の時空』とあるので関係あるのかと気づく。しかし、サブタイトルは『厳島いつくしまの烈風』となっており、不忍池ではなく厳島なのだが。

「そう。高田崇史たかだたかふみという作家の書いた『神の時空 厳島の烈風』これに弁財天の解説が出てくるんだよ」

「えっ」

「そして、厳島ほど凄くはないものの、不忍池もまた同じ系統として考えられるらしい、ということは理解できたんだ」

「はあ」

 世の中、そういうことを小難しく考えている人って一杯いるんですねと、理土は文庫本を撫でてしまう。しかもそういう人がいるおかげで、優弥が物理学の研究時間を割いて弁財天の研究せずに済んだのだ。ありがたい存在でもある。

「どうしてわざわざ夏輝が説明の過程で、出会い茶屋に関しても触れていたのか。それも前振りだったというわけだというのもね」

「えっと、出会い茶屋って今でいうラブホというかいかがわしい店というか」

「ま、さらっと言えば売春宿だ。実際にラブホとして機能していた場所もあっただろうが、多くは女郎を置いていたものだからね」

「――」

 誰も聞き耳を立てていないし女子もいないからって。その手の話に免疫のない理土は顔が赤くなるのを自覚する。

「日本の性に関する考え方ってのは、明治まではおおらかなものだったんだよ。武士のように、身分に縛られている人以外はね。それも今のような草食系男子なんてあり得ないほどにな。というか、そんなことを言っていたら陰間茶屋に売られる。陰間ってのは、男同士のあれこれだ。遊女と同じく男も春を売っていたんだよ」

「ひええ」

 怖いっと、理土は震えあがってしまう。本当に今の世の中でよかった。奥手じゃやっていけない世の中なんて怖すぎる。女が無理なら男の相手をしろなんて恐ろしい。

「ま、今のは極論だが、つまり公設私設問わずに、そういう施設は充実していたってわけだ。祭りでも夜更けではそういう目的の出会いの場だったくらいにね。フリーセックスなんて当たり前だったんだよ」

「はあ」

 よかった、極論か。理土はほっとしたが、祭りさえそういう場だったとは驚かされる。しかし、セックスに関しておおらかだったのは解った。今みたいに同性愛に目くじら立てることさえなかったわけだ。

「と、つまりは、そういう点まで広げて考えなければならなかったってわけさ」

「弁財天が、ですか」

「ああ。なぜ弁財天は島にいるのかって話なんかは特に」

「はあ」

 今、理土は当時の優弥の気分を味わっているというわけか。重要なことは理解できるというのに、何ひとつ解らない。

「弁財天というのは、かなり中略してしまうが、遊女と深い関りがあるってことさ。そして、遊女がいる場所というのは大体、堀を巡らせて島のようにした場所。吉原がそうであったようにね」

「――」

 えっと、つまり弁財天は遊女と同じ立ち位置ということか。いや、そんな馬鹿なと思うものの、弁財天って女性だしなと思わなくもない。中には何やら艶めかしい感じの弁財天の像もあるくらいだ。

「で、不忍池だが、龍伝説の大元はどうやら竜巻みたいだな。そちらはブラフで、関係の深いのは女性の方なんだ」

「えっ?」

「あそこには悪霊伝説があると夏輝は言っていたが、その悪霊というのは女であるらしいんだ。それも容姿は美しいが、常に死骸を傍に置いていたという」

「へえ」

 もはや、何が何やらだ。ともかくあの辺りは売春宿が多数あり、そんな人たちが縋ったのが似たような弁財天であり、そして、実際に祟っていたのは女性だということか。ひょっとしたら常に横に置いていた死骸というのは、その人が好きだった男性かもしれない。

「そうだ。君は話をまとめるのが上手いな」

「ど、どうも」

 理土は思ったままを伝えただけだが、そのとおりだと優弥は何度も大きく頷く。そう、キーワードは女性だ。そして、いなくなった美莉も女性。あ、何となくだが関連性があるように思えてくる。

「そう。あそこは女性に関係のある場所だったというわけだ。それも、美しくも悲しいね」

「ああ」

 何だか切なくなるなあと、理土は溜め息を吐き出す。そして五年前、そんな場所で夏輝の恋人であり優弥の友達でもあった美莉は失踪した。

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