第25話 海鮮居酒屋
「あ、あそこみたいね」
そんな話をしている間に、前の車がとある建物の駐車場に入っていく。見ると、山間の町だというのに海鮮居酒屋と書かれていた。
「海鮮って」
「いや。こういう海から遠いところほど、海鮮を扱った店は繁盛するんだよ。それに今は交通網が発達しているからな。新鮮な海鮮は海から離れていても手に入るし」
「へえ」
そういうものなのかと理土は感心する。しかし、理屈はよく理解できた。米や野菜というものは新鮮なものが安く手に入って当たり前。だからわざわざ外食する必要はないわけで、こういう海鮮を扱った店の方がいいというわけだ。
「ここはマジで旨いよ。おすすめ」
先に車から降りた三輪が嬉しそうに言う。自分もここで晩御飯が食べられてラッキーというわけか。
「いか明太あるかしら」
「なぜ、いか明太」
蘭子がそんなことを確認するので、理土は呆れてしまう。いか明太よりも訊くべきものが一杯あるように思うが。
「好きなのよ。いか明太が。あれがあればご飯三杯は食べられるわ」
「はあ」
蘭子の発言が誇張ではないことを知る理土は、安上がりだなと思うに留めた。この間のキャンプの時も優弥に負けず劣らず食べていて、小食の理土は驚かされたものだ。こういう場所で本気で食べたら、凄い金額を食べることだろう。安いに越したことはない。
「ここ、米も美味しいよ。土鍋で炊いたご飯を出してくれるから」
三輪が笑顔で蘭子に答え、暖簾を潜った。店内はそれなりに活気に満ちていて、様々な年齢の人が海鮮料理とお酒に舌鼓を打っていた。
「ご予約様、ご来店です」
若い人がいたんだと驚くくらいに店員さんも若く、茶髪でいかにも居酒屋の店員ですというお姉さんに案内される。
「こちらへどうぞ」
「掘りごたつタイプか」
「冬は寒いからねえ」
通された六人掛けのテーブルは畳と掘りごたつというスタイルで、靴を脱がなければならないのが面倒だが、非常に寛げる空間だった。
「他からインタビューは難しいか」
しかし、その責に不満があるのが優弥だ。好き勝手に歩き回れないので、酔客から適度に聞き取り調査をするのが難しいと顔を顰めている。
「まあまあ。ご飯の時くらいは仕事を忘れてくださいよ、先生」
三輪はそんな優弥に呆れつつも、すかさずメニューを渡した。興味を食事に向けてしまおうと即実践だ。
「たこの唐揚げで」
「なぜ、そこ。貸せ」
いか明太とたこの唐揚げだけで堪るかと、すぐに長谷川がメニューを奪った。そして慣れた調子で複数のメニューを頼む。お酒を飲めるのが長谷川だけなので、ソフトドリンクのメニューを優弥に渡す。
「ウーロン茶かな」
「俺はコーラで」
「私はカルピス」
優弥、理土、蘭子の答えはすぐに出た。それに三輪は苦笑しつつ、俺はノンアルコールビールにしようと決めた。店員さんはすぐに飲み物とお通しの枝豆を持って来てくれて、一先ず乾杯となった。
「いやあ、この辺りにあんなに神隠しの伝承を知っている人がいたなんて、驚きだな。今までの聞き込みでも行ったお宅ばかりだけど、神隠しなんて一言も出なかったのに」
三輪がまるで本物のビールのようにノンアルコールビールを飲み干してから、しみじみと言う。そんな視点を持って捜査していたわけではないから当然だが、この辺りにそんな話があったこと自体を知らなかった。
「刑事に神隠しなんて言っても無駄ということくらい、お年寄りだって理解していますよ。今時のお年寄りは、スマホもパソコンも使いこなせる人たちなんですから」
「そうですね。でも、一方でそういう昔話は嬉々として語ってくれる面も持っていると。いやはや、ちょっと勉強になりました」
すっかり優弥が気に入ったらしい三輪は、そんなことを言ってがははっと笑う。長谷川と違って、全面的に気のいい人という感じだ。
「刑事の聞き込みでこいつの技術は要らねえだろうよ。というか、大学の先生っていう肩書と、こいつの顔があってこそ成り立つ話だ。いきなり神隠しの伝承ってありますかねと聞いたところで、どこの誰が答えてくれるんだって話だ」
そして長谷川、しっかり毒を吐く。手に持ったジョッキが非常に似合っている。まさに居酒屋にいるオッサンの図だ。
「まあ、そうだよなあ。顔がいいってのは一つの利点だよなあ。下手に無視されないっていうか」
「そうそう」
「あの、人の顔で盛り上がるのは止めてもらえるか」
優弥の美形な顔で盛り上がる二人に、優弥本人は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。あまりイケメンであることに触れられたくないらしい。
「大学で女子大生の熱い視線に困ってるからよ」
その理由はあっさりと蘭子が教えてくれた。すでに一人土鍋ご飯をもぐもぐと食べつつ、いか明太を堪能中だ。
「そうだよな。藤木先生の講義の女子の出席率のよさって評判だし」
「でしょ。しかも文系向けにも『現代科学の考え方』って講義をやってんだけど、その講義の女子率たるや、九十七パーセントよ。男子どこ行ったって感じでしょ」
「タイトルはいかにも男子にウケそうなのに」
「そうなのよ。びっくり。しかもみんな、成績いいのよねえ。恋の力って凄いわ」
蘭子はこんな男のどこがいいのよと最後に付け足して呆れている。って、それは蘭子が優弥の変人の部分を知っているせいだろう。普通に、何の事前情報もなければ優弥はイケメンで俳優のようだ。もしくは中堅クラスのジャニーズとか。
「ま、ご飯に集中しよ」
つまり、ここで普通の平均的な奴は自分くらいなんだ。そう結論付け、理土は次々に並ぶ美味しそうな海鮮料理へと箸を伸ばしたのだった。
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