第24話 ジレンマ

「そうだな。こういう場所を奴が利用する可能性もある。今回はこの町で事件が起こっているから、奴が宿泊している可能性もあるかと思ったんだが」

「わざわざ挑戦状を出しておいて、ここに泊まるほど間抜けか」

「まあな。それは俺の願望も入っている」

 長谷川の指摘に、会えればいいなと思っていただけだと優弥は言う。どれほど変わってしまっていても、もう一度会いたいと、優弥は切実に思っているのだと理土は知ることになる。それは単に犯罪を止めたいとか、妖怪になったことを否定したいとか、それ以上の何かがあった。友人として、夏輝とちゃんと向き合いたい。その誠実な気持ちが滲んでいた。

「ま、会えれば色々と問い質せるもんな」

 同じく何かがあるなと感じ取った長谷川も、そう言ってきょろきょろと四階の廊下を見渡す。しかし、不気味に感じるものの何かがいるという気配は一切しなかった。当然、夏輝が潜んでいる様子もない。

「行こうか」

 一通り写真を撮り終え、優弥はまた先にエレベーターへと戻った。その顔には落胆はなかったが、毎回、そんなことを思いながら妖怪の調査をしているのだろうか。

 きっとどこかにいる。その痕跡を探すために、優弥はフィールドワークをやっているのか。だから前回も、人為的な痕跡があると見抜いた瞬間、行くと決めたわけか。

「何とも矛盾した話ですよね」

「そうだな。本物の妖怪を探すことが安倍に繋がるのか、安倍がしでかしたことを追うことが早いのか。奴もジレンマに思っているだろうな」

 長谷川も何とかしてやりたいと思ったのだろう。二人は駆け足で優弥のいるエレベーターホールに戻りつつ、少しでも夏輝発見の手伝いが出来ればと思っていた。




「遅い!」

「いたっ」

 が、その決意はホテルを出たところで折れそうになった。先に駐車場にやって来ていた蘭子から、遠慮のない蹴りを頂戴する羽目になったせいだ。まったく、蘭子は常に誰かを蹴っ飛ばしている気がする。

「何だ、幽霊を見に行っていたのか」

「ええ、まあ」

 三輪に確認され、理土は頷いた。優弥はしれっとした顔をしているが、蘭子はじどっと睨んでいる。

「いないって」

「知ってる」

「幽霊も妖怪だけど、安倍の好みじゃないでしょ」

「そうだね」

 そう言いながら、優弥はあっさりと蹴りを躱していた。今日はすでに一発食らっているので、もういいだろと避けまくっている。その身のこなしを見ていると、どうやら避けようと思えば避けられるだけの反射神経を持っていることが解った。

「イケメンで運動神経もある。普通だったらモテるでしょうね。日本じゃ無理かもしれないけど、欧米だったら物理学者って肩書も受け入れられるし」

「ああ。何だっけ、ファインマン」

「ええ」

 ノーベル物理学賞を受賞し、量子力学を解りやすくするための図、物理学をする者は誰もがお世話になるファインマン図を作ったことでも有名なこの学者は、イケメンで数々の浮名を流していたことでも有名なのだ。ショーパブで論文の草稿を練っていたこともあるのだとか。時代が違うとはいえ、女性に興味があれば優弥も似たような感じになるのではないか。

「よかったな。興味の対象が妖怪で」

「それもどうかと思いますけどね」

「おおい、行くぞ。すでに予約もしてあるし」

 微笑ましく二人の痴話ゲンカを見てないでと三輪が言うと、痴話ゲンカじゃないと蘭子から鋭く注意される。

「はいはい、行くよ」

 が、さすがは刑事というべきか。そのくらいでは動じず、みんなを誘導するのだった。長谷川は三輪の車、残りは優弥の車だぞと言い、さっさとエンジンを掛ける。

「それで、四階の様子は」

 今度は蘭子が後部座席に乗り込み、報告してという。やはり、文句は言うもののちゃんと調査には協力するのだ。

「ああ。特に異常なしってところだな。野崎君から見てどうだ」

「同じく異常なしね。ひょっとしたら安倍が作った噂なのかもしれないわ。今ならネットを使えば、簡単に幽霊話くらいだったら拡散できるし」

「そうだな。いつ頃からそういう噂があるのか。あとで三輪さんに確認しよう」

 使えるものはとことん使う。優弥は三輪の車を追い掛けながらそんなことを決定する。しかし、三輪もすでに知っているのだから、かなり根付いている話ではないのか。

「まあ、降って湧いた話ではないだろう。昔からそれなりに噂はあったはずだ。しかし、四階を使わないようになるほどの噂が、どのくらいからあるのか。それが判断基準になる」

「なるほど」

「外観だけは十分に不気味だもんね。近所の子どもが面白がって幽霊ホテルって言っていたとしても、不思議じゃないわ」

 一人で三階に泊まっている人の意見とは思えない意見をさらっと言う蘭子だ。その剛胆さはどうやったら身に付くのか、生来ビビりな理土はご教授願いたいところだ。

「まあ、今回は神隠しがメインだ。あそこに連れ去れた人たちがいるという雰囲気もなかったから、単なるミスリードなのかもしれないな」

 そして優弥はしっかり今回の件と絡めて考えていたことを打ち明ける。なるほど、幽霊話があって人が近づかない場所。たしかに誰かを隠しておくにはうってつけだ。しかもホテルだから、ベッドもあるし冷暖房完備。快適だろう。しかし、その可能性もないというわけか。

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