第23話 四階
「じ、自分だって嫌なくせに」
「嫌だけど、お前ほど怖いとは思ってないな。曰くのある場所だったら気が滅入る、ってだけの話」
「はあ」
それが強がりなのか本心なのか、理土には解らなかった。薄暗い廊下を進み、一番端の部屋が大部屋となっている。
「おっ、中は普通じゃん。無理やり三つ目のベッドを突っ込んであるところも、ビジネスホテルらしいつうか」
部屋を見ての長谷川の感想はこれだった。理土はビジネスホテル自体が初めてなので解らないが、大きなベッドが二つにソファのようなベッドが一つ。入り口近くにはユニットバス、テレビとテーブルがあるシンプルな部屋だ。
「俺はソファでいいから、二人でベッドを使ってくれ」
優弥はすぐに窓際にあったソファを陣取る。そんな悪いと理土がベッドを譲ろうとしたが
「どこでも寝れるから」
というあっさりした答えが返ってくる。
たしかに前回のキャンプ場でも爆睡していたし、車の中でも爆睡していたのは知っている。知っているが、学生の自分がベッドで先生がソファというのは如何なものか。
「お言葉に甘えておけよ。お前がビビってるから、気を遣ってくれてんだ」
「ええっ」
「違う。窓際がいいんだよ」
「はいはい。それより晩飯だよ。三輪が行きつけの居酒屋を紹介してくれるってさ」
チェーン店の少ない場所だ。知っている人がいるというのは強い。それは優弥も解っているので、じゃあそこでと決定した。
「酒を飲むのは――」
「俺は飲まないから、お前が飲めばいい」
「サンキュ。ま、どれだけ飲んでも酔わないお前に飲ませるのは、勿体ないしな」
こうしてハンドルキーパーも決まり、蘭子にその旨をメールで連絡する。ついでに下で待っている三輪にも連絡を入れ、三十分後に駐車場に集合と決まった。
三輪はその間、煙草でも吸っているという。田舎でも禁煙の流れはあるそうで、警察署だと肩身が狭いから車の中で堂々と吸っておくのだとか。
「どこも禁煙なんですね。まあ、吸ってみたいとも思いませんが」
「それが一番だよ。煙草なんて百害あって一利なし。俺も消費税が上がった時に止めた」
「へえ」
ということは、消費税が八パーセントに上がった時か。それとも十パーセントになった時か。
こうやって、増税の度に止めた人がいるのだろうなと、理土はぼんやりと考える。そして、そんな値上がりにも負けずに吸い続ける三輪のような人も、一方ではいるわけだ。煙草とは不思議なものである。
「地元の居酒屋だったら、何かほかにも情報が得られるかもしれないな。レコーダーは役に立たないだろうから、メモにしておくか」
その間、優弥はまだ情報収集が出来るかもと、自分のメモ帳をポケットに入れていた。勤勉なのか、もはやワーカホリックなのか。
夏輝を理解するためという割に、総てが真剣な優弥だ。知識も豊富すぎるほど持っていることだし、意外と昔から好きなのかもしれない。夏輝と友達だったようだし、普段は妖怪の話題で盛り上がっていたのだろうか。
「じゃあ、行こうか。野崎君のために三十分って言ったけど、俺たちは大して用意もないしね」
「そうですね」
「ついでに四階も覗いておきたいし」
「――」
それは遠慮したいですと思ったが、優弥は先に部屋を出て行ってしまう。奥の窓際にいたというのに、なんと身軽な。
「あれだ。みんなで行けば怖くない」
「いや、まあ、そうですけど」
長谷川は諦めろと理土を引っ張っていく。一応は幽霊が出ないというお墨付きもあるし、不気味な雰囲気を味わうだけなのだが、それでもわざわざ行きたくはないものだ。
「お前って遊園地のお化け屋敷も嫌なタイプか」
「そうですね。わざわざ驚かされるって意味不明っていうか」
「ああ、それは俺も同意するね」
横から優弥がそんなことを言うので、どの口が言うと思ったが、優弥は妖怪を研究しているだけで好きなわけではないのだ。それにホラーとは別物と考えているのだろう。そんなことを考えている間に四階への移動は終わっていた。
「人気がない」
「そりゃあそうだ。ホテル側がわざと人を入れていないんだし」
「ですね」
しんと静まり返った廊下は五階と同じだというのに、何だかひんやりとしていた。電気もちゃんと点いているのに、四階はどうにも雰囲気が違う。
「幽霊がここにいると思えば思うほど、そういう雰囲気になっていくものだからな。特にこうやって明確に忌避しているとなるとより信憑性も増す」
優弥はそう言いつつ、あちこちをカメラに取りながらチェックしていた。幽霊はいなくても彼の研究対象ということか。それとも、夏輝の痕跡を探しているのだろうか。
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