第19話 意外な弱点

 高速を降りる前にサービスエリアにより、簡単な昼食を済ませた。そしてそこからは長谷川が運転をすることになる。よって今、理土の横には優弥がいた。

 しかし、色々と質問したかったのに、ちょっと寝ておきたいと言うので、理土は黙っているしかない。

 が、そうなると気まずくて仕方なかった。身動ぎしても大丈夫かななんて、そんな余計な気遣いまでしてしまう。

「もう寝ているから喋っても大丈夫よ。先生は一度寝入ると、雷でも鳴らない限りは起きないから」

「そ、そうなんですか」

 顔を見る限りとても繊細そうなのだが。寝ている顔も完璧に整っているなあと、理土は思わず見惚れてしまう。

「あのね。繊細な人が、あんなゴミ屋敷みたいな研究室で研究できるわけないでしょ」

「あ、そうか」

「お前ら、何気なく藤木をディスってるな」

 部屋が汚いことで納得し合う蘭子と理土に、運転している長谷川は大爆笑だ。そして、そんな長谷川の大きな笑い声がしているというのに、優弥は全く起きる気配がない。ひょっとして気を遣って狸寝入りかと思ったが、規則正しい寝息がしていて、本当に寝てしまっている。

「す、すごいですね」

「運転して疲れているってのもあるだろうけどな」

「そうね。この二日間、仕事で邪魔されないようにって必死に全部片づけていたから、徹夜もしてるだろうし」

「はあ」

 二人は本当によく優弥のことを分かっているなあと、理土は感心してしまった。サポートしてくれる人が多いというのはいい。

「そうだな。そこが安倍との大きな違いでもあるんだろうけど」

「そうなんですか」

「聞く限りではな。似たような変人だったらしいが、友人は藤木しかいなかった感じだぜ。まあ、妖怪をガチで追い掛けているような奴だ。理解者を得るのは難しいだろうよ。だが、安倍ってのは、それだけじゃない、もっと特殊そうな感じを受けるな。ただ友達がいない奴ってだけじゃねえ感じ」

「はあ」

 つまり、よく解らない人ってことか。なかなか難しい相手のようだ。いや、ただでさえ犯罪を裏で操っているかもしれないのだ。十分に難しいし危ない奴だ。

 そんなことを思っていると、車は高速を降りて呑気な田舎町を通り過ぎていく。山間にある地方都市。それが目指す場所だ。車でなければ行き難い、電車で行こうと思ったら車移動の倍以上掛かるような場所にある。

「日本って結構不便な場所が多いですよね」

「そうだな。だから地方分権が進まねえんだろ」

「はあ」

 不便な場所に対してそんな答えが返ってくるところが、一応は公務員だなと思う。

「地方分権なんて無駄に決まってるでしょ。これからもっと少子高齢化になって、人口はどんどん減っていくのよ。現実的な話をするならば一極集中を貫くべきね」

 でもって、蘭子からは過激な意見が出てくる。この人はどんなことでも過激に考えるらしい。よく量子力学なんて専攻しているなと思ってしまった。

「ま、そうだよな。じじばばほど、都会じゃなきゃ住めない時代だ。孤独死されて面倒な手続きを踏むことを考えれば、俺は賛成だな」

 しかも長谷川。一極集中に賛成してしまった。何なんだ。とはいえ、理土だって大学のあるような都会がいい。わざわざ田舎に住もうなんて思わない。

「へえ。呑気な性格をしているわりにか」

「呑気だからですよ。都会だったら、多少ぼんやりしていても生きていけます」

「ははっ。違いねえ」

 理土の意見に長谷川は大笑いだ。P県に入ったからか、長谷川は無理にテンションを上げている感じがある。夏輝がいるかもしれない。その緊張があるのだろう。

「結局、安倍さんは五年前のその神隠し事件をきっかけに、おかしくなったってことですか」

 ところで、まだその夏輝について詳しく知らないのだが。理土はこの際だからと質問をする。

「そうよ。不思議な存在、自らが妖怪になれば被害者、美莉みりさんを取り戻せると思っているのよ」

「美莉さん」

 その人が二人に関係する人でもあるのか。一体どういう人なのだろう。続けて訊こうとしたが、蘭子が寂しそうな顔をしているので止めた。どうやら、彼女にも関係する人らしい。

「もうすぐだな。そろそろ藤木を起こしてくれ。寝起きが悪いんだ」

 長谷川が道路標示に目指す市の名前を見つけて言った。これまた意外で、寝起き十五分は使い物にならないという。

「右ストレートパンチに気を付けてね」

 さらに蘭子からそんな注意。ええっ、起こすだけなのに殴られるかもしれないってことか。理土は綺麗な寝顔の優弥をじっと睨む。

「さっさとやれ」

「はい」

 しかし長谷川が現地に着いちゃうだろと怒鳴るので、理土は勢いよく優弥の身体を揺さぶった。結果、見事に頭にチョップを食らう羽目になった。

 右ストレートパンチじゃないじゃん。

「いったあ」

「ん、悪い」

 優弥は一応謝るものの、また眠ってしまいそうだ。

 ああダメダメと、理土は仕方なく優弥のわき腹を擽った。さすがにこれでは攻撃できず、さらに起きるしかなかったらしい。ぶすっと膨れながらも目を開け、姿勢を正した。

「ナイスアイデアだな。今度からそれでいこう」

 長谷川はその手があったかとにんまり笑っている。一方、笑うことで強制的に覚醒された優弥は不機嫌だ。

「毎回やられてたまるか。今度からわき腹にタオルを巻いて寝てやる」

「馬鹿。そんなものは寝ている隙に取ればいいだけだ」

「ちっ」

 寝入ってしまうと抵抗できないと、優弥は舌打ちした。そんな意外な一面に笑っていると、車はようやく目的のP県にある地方都市に着いた。そこから、長谷川が連絡を入れていた知人の刑事の元へと向かう。

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