第18話 安倍夏輝
「あの、今更なんですけど、その安倍夏輝さんと先生の関係って?」
ふと、理土はその夏輝なる人物について詳しく知らないという事実を思い出した。向こうは勝手にお使い係にしてくれているが、こちらは何も知らない。この間のキャンプ場では、名前を言ってはいけないあの人状態だったし。
「ああ、そうだったっけ。教えてなかったっけ」
でもって、優弥は悪びれる様子もなく言い放つ。理土は唖然としてしまったが、蘭子と長谷川からは同情の目が向けられた。どうやら珍しいことではないらしい。長谷川はぽんぽんと肩を叩くと
「あいつ、仲間だと認定すると、知っているものだと思って喋るからな」
そう教えてくれた。
「そ、そうなんですね」
「俺も随分と苦労している」
ようやく苦労を分かち合える仲間にあった。長谷川の心境はそんなところか。理土は長谷川と仲良くしたいとは思っていないのだが、ここまで来たらもうその不満は飲み込むしかないらしい。
「詳しく教えてあげるしかないですよ、先生。彼のところに郵便物が届いたということは、完全にこちら側の人間だと安倍に認定されています。しかも事件を切り抜けたという点で、私たちが仲間意識を持つことは織り込み済みなんでしょう」
蘭子が助手席から溜め息とともにそう言った。ということは、優弥も蘭子も夏輝から警察に疑われるような何かをされたということか。
「そうだな。まあ、神隠しに関しては現場に着いてから教えるとして、ざっと安倍の概要について教えよう」
「は、はい」
概要って、言い方。
そう思ったが、説明してくれるというので姿勢を正す。
「安倍夏輝は俺と同い年の三十五歳。物理学者。専門はマルチバース宇宙論だ」
「えっ。宇宙論をやっていた人が、拗らせて妖怪になったんですか!?」
「結論を急ぐな。ともかく、奴が宇宙論で博士号を取ったのは間違いないってだけだ。夏輝にとって、妖怪はいて当たり前なんだよ。奴は視える側の人間なんだ。だから、物理学と並行してやっていても、おかしくない代物だった」
「は、はあ」
途端に解り難くなるなあと、理土は眉を顰めた。横を見ると長谷川も難しい顔をしている。たぶん、何度聞いても納得できないことなのだろう。それもそのはず、科学と妖怪が両立出来るとは、どうしても思えないのだ。
「妖怪と呼ばれる現象。そいつに興味があったというのが正しいかな。君が巻き込まれたあの河原での炎のように、今では科学的に説明できる現象は多数ある。それと同時に、未だに科学では説明できないものも山のようにある」
「説明できないもの」
「そうだ。そして、夏輝はその説明できないものをずっと追い掛けていたんだよ。科学で証明できるものは証明し、そうではない、本物の妖怪を探し出すためにね」
「それって」
まんま、優弥が今やっていることではないか。その驚きに、そうだと優弥が頷く。
「俺は奴がやっていたことを引き継いだだけだ。研究室にある多くの物も、夏輝が残していったものが大半だ。奴が向こう側に行ってしまった原因を探すには、やはり同じ道を進むのが最も早いと思ってね」
優弥は運転しながらも、重々しく告げる。その覚悟が半端でないことは、それだけでひしひしと伝わってきた。
「奴は物理学をちゃんとやっていた。科学というものを知っている。それなのに、どうして本物と出会ったと信じ込んでいるのか。本当に妖怪は存在し、それは人を変えてしまうものなのか。それとも精神的な病気として片付けられるものなのか。総てをはっきりさせるためにも、夏輝が何を見、何を考えたのか知る必要がある。それと同時に、どうして犯罪に手を貸すようになったのかもね」
「あっ」
そうだ。すっかり忘れていたが、夏輝はこの間の河原での事件でも加担しているという。ということは、今までもいくつか犯罪行為を行っているというわけだ。
「決定的な証拠は掴めないままだけどな。おかげで、すっかり変人として出来上がった藤木と再会する羽目になった」
長谷川は余計な仕事を増やす奴なんだと、苦々しげに付け足す。警察としては教唆犯としてしか把握できていないということか。前回も実行したのは島田京香一人だったという。
「誰が変人として出来上がった、だ」
そんな長谷川の注釈に対し、優弥が小さく不平を漏らす。それに理土が苦笑していると
「もともと変人としての自覚はある」
という訳の解らない言い訳が優弥から漏れる。つまり、昔から変人だったので出来上がったというのはおかしいと言いたいらしい。いやはや、さすがは変人。
「とまあ、こう面倒な奴なんだよ。こいつは」
横から長谷川も負けじと文句を続ける。取り敢えず、二人の仲がいいことはよく解った。
「それで、どうして安倍さんは妖怪にどっぷりになっちゃったんですか」
話が妙な方向に曲がっているので、理土は軌道修正を掛ける。すると、優弥と長谷川から、さらに蘭子からも溜め息が漏れる。
「えっ」
「それこそが、今回の事件の資料と一緒に添付されていた、五年前の神隠し事件に関係することなんだよ」
そこで優弥はさらに盛大な溜め息を吐くのだった。
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