第17話 神隠し

「まさに神隠しだな。目的が不明。犯人に該当する人間はいない。そして、いなくなった状況が目撃されていない」

「ああ、そうそう。知り合いの刑事も言っていたな。目撃情報を集めようにも、気づいたらいなくなっていたってものばかりだ。一件目の吉田は仕方ないとしても、二件目の杉山は下校中のことだった。夕方だからそれなりに人もいたというのに、誰も、連れ去られた瞬間を見ていない。気づいたらいなくなっていたと言うんだ。途中まで一緒だった友人も、何か思い出して帰ってしまったのかと思っていた。そう証言しているからな」

「つまり、安倍はこの謎が解けるかと挑発しているわけだ。五年前、あの人は戻って来なかったからな」

 遠くを見つめるように言う優弥の目には憂いがあった。あの人が誰なのか、理土には想像もできないが、優弥にとって大切な人だったのは間違いないだろう。そしてたぶん、それは夏輝にとっても大事な人だったのではないか。

「その事件、警察は」

「すでに捜査本部は万策尽きている感じだ。両親はめげずに探しているかもしれないが。ともかく、P県に行くしかないらしい。倉沢君、来てくれるか」

「は、はい」

 誘ってもらえるとは意外だったが、断る理由はない。何か手伝えることがあるというのならば、全力で手伝うだけだ。それに色々と気になってしまう。

 あ、これが蘭子の言っていた木乃伊取りが木乃伊になるってやつか。

「よし。ただ、倉沢君にサボらせるわけにはいかないし、俺も受け持ちの講義がある。動けるのは土日だな」

「俺も行くよ。無理やり有休を捻じ込んでくる」

「ふん。あとは野崎君に連絡だな。二人とも、蹴られる覚悟をしておいてくれ」

「はあい」

「けっ」

 やっぱり邪魔だと蹴られるんだ。それに理土はやれやれと返事をし、長谷川は何で俺まで蹴られなきゃならねえんだと舌打ちしたのだった。




「マジであり得ない」

 が、覚悟と違って蹴られたのは優弥だけだった。その様子を、理土と長谷川は距離を取って見守ることしか出来ない。止めに入ったら蹴られることを、本能的に理解している。

「い、痛いな。俺のせいじゃないだろ」

「いいえ。先生のせいでしょ。いつまでもうじうじと安倍を追い掛けているから、こんなことになるのよ。新たに倉沢君まで巻き込んで。藤木研究室は妖怪研究室じゃないんです。ついでに妖怪研究用のフィールドワークも教えていないんですよ」

「そ、そうだけどね」

「ったく。行きますよ」

 一通りの文句と暴力を振るい終え、蘭子は溜め息を盛大に吐き出した。結局は蘭子も行くのだ。しかし、文句を言わずにはいられない。理不尽に殴ってストレスを解消しなければやっていられないというところか。謎だ。

 こうして無事に四人は優弥のワンボックスカーに乗り込み、P県を目指して出発することになった。高速道路で移動して二時間、さらに目的の事件のあった街には下道に下りてから、一時間半ほどかかるという。助手席には蘭子が、後部座席には理土と長谷川が並んで座ることになる。

「途中のパーキングエリアで昼食ってところですね。高速を降りてからもしばらくかかります」

 地図を確認し、時間を確認した蘭子が提案する。事件のあった街に入ってしまえば発展しているが、それまでは山道と田園地帯なのだとか。それを聞いて、ちょっとイメージと違ったなと理土は思う。もう少し、大学のある辺りのように都会なのだと思い込んでいた。しかし、聞く限りでは田舎の小さな都市のようだ。

「まあ、誘拐って聞くとね。それも連続だとそういうイメージでも仕方ないわ。でも、今回は神隠しを疑わせるような案件だから。あんまり都会だと信憑性がなくなっちゃうわね」

 理土の確認に、蘭子がそう答える。

 結局、蘭子も神隠しを前提として話を進めていくわけか。ちゃんと妖怪研究を手伝うんだから、どうして文句を言うのやら。ますます不思議だ。

「そうだな。神隠しというのは山で発生しやすいイメージがある。江戸時代なんかだと、逢魔が時までかくれんぼをしていると攫われるなんて伝承も出てくるが、そっちは別の妖怪だな。もしくは誘拐されやすくなるというのを注意するために生まれた、と考えるべきだと思う。とするとやはり、メジャーなのは山の神に連れ去られたというものだろう。子どもというのは神に近い存在と考えられていたからね。山の神様の元に帰ったんだろうとか、山の神様が連れて行ったんだろうって考えられていたってわけさ」

「へえ」

 優弥がさらっと神隠しに関して説明するので、本当に妖怪についても詳しいんだと理土は感心してしまう。

「山の神様云々ってのは、ちょっと信じちゃうよな。たまに、山で行方不明になった子が見つからないってのはあるし」

 でもって、長谷川が刑事らしいコメントを付け足してくれる。この人は多分、妖怪に興味はないのだろう。優弥のせいで仕方なく妖怪の話にも付き合っているという感じか。

「ということは、今回も山の中に連れ去られた人たちはいるってことですか?」

 理土が質問すると、そう単純だといいけどねと優弥は運転しながらも肩を竦める。複雑かもしれないと考えている理由はもちろん、夏樹が噛んでいるかもしれないと思っているからだろう。

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