第15話 伝言板にされてる
「まあ、何だ。藤木はお前が危ないって言ってたんだけど」
「えっ」
「ほら。事件に巻き込まれた時のことだ。お前、誰にキャンプに誘われたのか解らないんだろ。容疑者の時はふざけやがってと思ったが、巻き込まれただけとなった今、こいつは不可解だぜ」
「あ、ああ」
「で、藤木はそれが安倍じゃねえかって疑ってんのよ」
「ええっ」
それなのにさらっと流したのか。酷くないか。
いや、キャンプ場でなんかそんなことを言っていた気がする。気がするけど、はっきりとは告げられていない。
「そういう奴だよ。気まぐれなんだよ。でも、気になったんだろうな。だから俺には電話で伝えてきたってわけだ」
「はあ」
どうしてそこは長谷川経由なんだろうと、理土は首を捻ってしまう。すると、そういうわけの解らないことをする奴だと言われた。
「何か考えがあってそうしているんだろうけどな。俺みたいな凡人にはさっぱりってことだ」
「はあ。確かにまあ、色々と不思議な人ですよね。ダチョウの卵を食べていた時のテンションと、研究室でのテンションの差にびっくりしますし」
「――何かがあいつのツボにはまったんだろう」
一瞬の間が空いてから、何か思い当たることがあったのか、長谷川はそう言う。つまり、テンションが上がるポイントが、他の人と何か違うということか。
「そうそう。あいつが不機嫌なのは通常なんだよ。つまり、テンションが上がっている状態はレアだ。よかったな」
「よかったんですかね。まあ、ダチョウの卵は美味しかったです」
「けっ。いいねえ。若いって感じがするな」
そう言って長谷川は苦笑する。全く以てよく解らない刑事だ。そうこうしている間に、ちゃんと理土が一人暮らしをするマンションへと到着していた。
「じゃ、まあ、危険かもしれないから戸締りはしっかりしろよ」
「はあ」
妖怪を名乗る奴相手に戸締りで何とかなるんですか。そう思ったが、送ってもらったので文句は飲み込んだ。どうやらこれも、優弥に指示されてのことだったのだろうか。それほどまでに、安倍夏輝という男は危ない奴なのか。
「ん」
色々ともやもやしたなと思って郵便受けを覗いたら、何やら大きな封筒が入っていた。
取り出してみると、そこには自分の名前が書かれているのは当然だが、一体どこからの郵便なのか。こんな大きな郵便が届くような予定はなかったはずだが。
「えっ」
しかし、裏書に大きく安倍夏輝の名前が書かれているのを見つけ、理土は見事にフリーズをし、次の瞬間には長谷川に電話していたのだった。
「へえ。封書ね」
「相変わらずのリアクションの薄さだな。安倍絡みなんだから、せめてテンションは上げろ」
一時間後。理土は再び長谷川の車に乗り大学に舞い戻っていた。ちなみに重たいカバンは家に放置した。これは当然だ。代わりにあの封筒を持って来たわけだが、優弥の反応は薄い。
何度訪れても混沌としている研究室は、夕方を越えるとより不気味な感じになっている。部屋の蛍光灯は点いているというのに、物が多くて薄暗いせいだろうか。ともかく、あんまり長くいたくないなと思わせる威圧感があった。
それにしても、長谷川にも優弥にも伝言板にされる理土は、ついに夏輝からも伝言板と認識されたのだろうか。こうやって優弥に封書が届けられると解っていて、理土の家に送りつけてきたとしか思えない。ついでに、優弥に直接送ったら握り潰されるか無視されると解っていてやっているのだろう。腹が立つことこの上ない話だ。
「俺が気になるのは、どうして今になって、こんな挑発的なことをするのかってことだ」
「ああ。確かにな。お前が追い掛けて、もう五年くらいだっけ」
「そう。急にそこの倉沢君を巻き込んだのも、非常に不可解な点なんだよな」
「そんなこと、俺に言われても」
なあと、巻き込まれた理土に同意を求めてくる長谷川だ。理土はその夏輝に関して知っている情報が少ない。同意を求められても困る。まずはその安倍夏輝に関して、ちゃんと説明してもらいたいところだ。
「つまり、安倍にとって機が熟したってことかね。それで手始めに、理系でちょっと鈍臭そうな奴を見繕ったと」
長谷川は理土から同意を得られないと解ると、そんな推理を開陳してくれる。くそ、どこまでも長谷川の中で理土は間抜けのままらしい。
「その可能性は大いにあるな。そこの倉沢理土君はなかなか成績もいい。それでいて、ちょっと抜けている。利用しやすい人材とみなされた可能性は高いんだ」
「だってよ」
しかし、優弥があっさりとそんな同意をしてしまうので、理土はぐぐっと唸るしかなかった。
それにしても優弥、あの後本当に成績を調べたのか。恐ろしい。
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