第14話 マカデミアナッツチョコ
「まあいい。でだ、そのイケメン妖怪、
「はあ。って、イケメン妖怪って何ですか?」
「そのままだよ。本人は妖怪だと思い込んでるんだ」
「――非常に理解し難いです」
何がどうなればそうなるんですかと、理土は思わず訊き返した。すると、長谷川もその辺は知らんとすげない。
「ええっ!? 犯罪者なんですよね」
「そうだな。が、動機なんてどうでもいいんだよ。というか、捕まえてみなきゃ解らねえよ。そのきっかけみたいなのを、藤木は頑なに語ろうとしねえからな」
「へえ」
つまり、その安倍夏輝なる人物とは因縁の仲なわけか。
そういえば、そいつを追い掛けるまでは妖怪なんて別にどうでもよかったらしいし。ということは、妖怪に興味を持つきっかけを作ったのも、その夏輝なのだろうか。
「ああ。そうかもな。少なくとも、俺の知る藤木は妖怪に現を抜かすような奴じゃなかった」
「でしょうね」
だって、すでに量子力学の分野では有名な学者なのだ。ずっと妖怪を追い掛けていたとは考え難いし、そもそも、相当な数学の才能と物理の才能を持っているのは間違いない。
「へえ。学者としてはまともなんだ」
「ええ。非常に素晴らしい先生です」
「ま、あの実験の腕を見てりゃあ、学者としては凄いんだろうなとは思うけど」
「そうなんですよね。というか、先生って理論家で実験は専門外のはずですけど」
「あれ、そうなのか」
長谷川は実験ばかりやってるんじゃないのかと、意外そうな顔をした。どうやらそういう話もしていないらしい。
「よし。じゃあ、お前は今後も連絡係だな。メアドを寄越せ」
「ええっ。嫌ですよ」
「何だと。拒否しようものなら、公務執行妨害でまたしょっ引くぞ」
それ、職権乱用ですよ。そうツッコミを入れたかったものの、もう疲れた。
というわけで、渋々ながらも長谷川と連絡先を交換し、理土は初めて長谷川の名前を長谷川京一がフルネームだと認識することになるのだった。
一度許すと何事もなし崩しになるものだ。
理土はそれをたった三日で痛感する羽目になる。
「よっ」
「よっ、じゃないですよ。友達じゃないんだから」
大学を出たところで待ち構えていたらしい長谷川が、乗っていた車の窓から手を挙げて呼び止めた。それに、理土はすかさず文句を言う。
事件も無事に解決したことで、後期課程をしっかりと受けられると思った矢先にこれだ。そりゃあ嫌な顔も思い切りしてしまう。
「そういうなよ。車で自宅近くまで送ってやるぜ」
「はあ、それなら、まあ」
そしてこうやって承諾してしまうから、さらになし崩し的に長谷川と付き合うことになるわけだが、丁度よくカバンが重たかったので乗せてもらうことにした。後ろの席にカバンを放り込み、助手席へと座る。
「あ、これ、長谷川さんの自前ですか」
「そうだよ。さすがに警察車両に民間人を乗せると問題になる。今日は非番だ」
「ああ、そういうことですか」
と一瞬納得しそうになったが、非番なのにどうしてわざわざ大学の前にいたのか。そう思って疑いの眼差しを向けるとにやりと笑った。
ヤバい、これは何かある。そう思ったが、すでに車は発進していて下りれなくなっていた。
「ちゃんと報告したか?」
「しましたよ。因みに藤木先生は本当に出張でアメリカに行っていました。正確にはハワイですけどね。マカデミアナッツチョコが欲しかったら来いって、これは万が一出会ったら伝言しておけと言われたことです」
と、そこで優弥が伝言をしていた事実に慄いてしまう。つまり、こうやって長谷川が待ち構えていることを先読みしていたのだ。
ああ、恐ろしい。しっかり何かに巻き込まれてしまっている。
「ほう。土産があるってことは本当だな。しかし、ハワイ。何でだ?」
「望遠鏡があるからでしょうね。すばる望遠鏡。最近では量子力学も宇宙論と融合していますし、宇宙関係の学会だったんじゃないでしょうか」
「へえ。あれってハワイか」
「ええ」
そんな会話をしてから、しばらく車の中での会話が途切れる。ラジオが流れていたので、理土はそれに耳を傾けつつ、妙なことを持ちかけるなよと念じていた。ラジオからは最新の音楽が流れていて気分が上がるが、長谷川が何を言い出すのかと思うと妙な緊張感を生んでくれる。
「藤木は、報告を聞いて何か反応していなかったか」
しかし、話題はまた優弥のことで、理土は取り敢えずほっとする。
「いいえ。ふうんとかへえって感じでしたよ。それよりも論文の締め切りに追われる羽目になったと、それに対して不機嫌でしたね」
「へえ。締め切りねえ」
「あ、それは出張に絡んでってことですね」
「ふうん。学者も色々と忙しんだな。それなのに妖怪を追っかける時間を作ってるのか。それなのに反応が薄かっただと。納得いかん」
喋っている間に自分で怒り出した長谷川に、しりませんよと理土は遠い目をしておく。ともかく、その怒りをこちらに向けないでもらいたいところだ。
「お前はさ。藤木から説明されたのか、安倍について」
「え、いいえ。名前を出してもさらっと流されました」
「ふうむ」
「そして、蘭子さんからは、同情の眼差しを向けられて終わりました」
「何だろうな。というか、あのちっこい助手は何なんだ。俺にも容赦なく怖いんだよ」
「へえ」
まさかの長谷川をもビビらせていたとは。蘭子、恐るべし。そして、そういう容赦のなさが優弥にとって頼りになるんだろうなと思った。彼女はなるべくして助手になったというべきだろう。
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