第11話 二種類のガス

「あれ、蘭子さんは」

「先に実験の用意に行っている。それよりも、どうだった?」

「ああ、そうだったな。ちゃんと調べたぞ。あの日、近くで雷のような発光を見たという奴らがいた。こいつ、倉沢がキャンプしていた位置より川上だな。それと、あの日以来、川に魚がいなくなったらしい」

「えっ」

「やはりか」

 驚く理土と違って、優弥は想定していたとおりと頷いている。ということは、あの川には普段、魚がちゃんといるっていうことか。

「そりゃあそうだろう。あんだけ自然豊かで、キャンプする人間がいるとはいえ、綺麗な場所だからな。ヤマメが釣れるらしいぜ」

「へえ。あの美味しいと有名な」

 そんな魚が釣れるんだったら、釣りをすればよかったのにと思う理土だが、今はいないのか。残念。

「しばらくすれば戻るだろう。環境汚染というレベルではないからな。ただ、しばらくは何も棲まないだろうね」

 そして、優弥の見解にがっくりしてしまう。ああ、当分、近所ではヤマメは釣れないらしい。釣りの趣味はないが、何だかショックだった。

「それがこいつが見たっていう、変な炎に関係しているのか」

 長谷川はヤマメよりも事件解決が先だと、そう話を元に戻す。そうだったと理土も思うが、はて、どうして川に魚がいなくなったことと謎の炎が関係するのか。

「まさにその通り。じゃあ、実際に見てもらおうか」

「ああ」

「はい」

 こうして物がごちゃごちゃと溢れ返る優弥の研究室から、三つ向こうの部屋、実験のできる広い部屋へと移動する。そこにはすでに蘭子が準備を済ませて待っていた。

「遅いですよ。というかこれ、私の研究に何の関係もないんですから、さっさとしてください」

 その蘭子は相変わらず不機嫌にそう言い放つ。その態度はキャンプに行くと言った時と何も変わらず、ある意味ほっとさせられる。

「悪い悪い。で、どうだ?」

「こんな感じでどうでしょう」

 でもって、口では文句を言いつつ、ちゃんとやってくれるところも蘭子だ。実験用の机の上には大きな水槽が置かれており、簡単に河原が再現されているのだと解った。水は少しだけ、後は砂利が入れられている。

「そうそう。これで大丈夫。これの他に使うのは二種類のガス、そして電気だ」

「ガスと電気だと。なんだ、それで火でも点けようって言うのか」

 長谷川は解らんと首を捻ったが、理系の端くれである理土はピンときた。

「ひょっとしてあれ、ネオンなんですか」

「そう。そのとおり」

「はっ。ネオン。ネオンってあれか、看板でびかびか光ってる」

 長谷川はそんな馬鹿なと目をひん剥いた。これが理土だけが主張しているんだったら殴っているんじゃないか。そんな勢いである。

「原理はそれと同じだ。ただし、それを空中でやってしまっているというのが、怪現象に見えるポイントというわけだね」

 優弥は面白くないとばかりに鼻で笑う。いやいや、十分に知的好奇心を掻き立てられるでしょうが。まったく、本物の妖怪に出会いたいなんて馬鹿な夢を持っているから、そういうずれた反応になるのだ。

「でも、可能なんですか。あれって高電圧が必要ですよね」

「そう。だから水だ」

「まさか、川に放電したと。だから川の魚なんかがいなくなったってことですか」

「おおい。俺を置いて話を進めるな」

 勝手に納得する理土と優弥に、俺は文系なんだぞと長谷川がそう主張した。確かにこの原理を、警察である長谷川が理解してくれなければ意味がない。

「そ、そうでした。先生、ゆっくりお願いしますね」

 これ以上この刑事に関わり合いたくない理土は、そう言って頭を下げた。すると、何故か長谷川に頭を叩かれる。

「いたっ」

「お前は余計なことを言うな。腹立つ」

「はっ」

 腹立つって、大人げない。理土は呆れ返ったが、長谷川はしれっとしたものだ。そして優弥も

「そいつの短気はいつものことだ。気にするな」

 と、フォローになっていないことを言う。

 おかげで長谷川はますます腹を立てたが、優弥の頭を叩くことはなかった。付き合いが長いせいか。それとも優弥は認めているからか。どっちにしろ、理土は二度とこの人には会いたくない。

「始めますよ」

 そして蘭子の冷静すぎる一言。この中で最もまともな人は蘭子で決定だ。理土は今後何かあったら蘭子を頼ろうと、そう固く決意する。

「そうだな。さて、使用するガスだが、先ほど話題に出たネオン、そしてもう一つはヘリウムだ」

「ヘリウムって、あの風船に入っている」

「そう。声が変わることでも有名なヘリウムだ。これをネオンガスに混ぜると安定性を保てるんだ。それにヘリウムそのものが反応せずに安定しているからな。しかも低温化では液体だ。色々と使い勝手がいい」

「へえ。よく解らんが、混ぜた方が使いやすいってことだな」

「そういうこと」

 長谷川が理解したところで、優弥は二本のガスボンベを用意した。

 ネオンとヘリウムだ。しかしあれって、そのままではすぐに空気中に溶けて、しかも上昇して発散してしまうのではないか。そう指摘すると、優弥はそれもポイントだな、と楽しくなさそうに答えてくれる。

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