第10話 オレンジ色の炎

「そこもあやふやなのか」

「ええ、まあ。何だっけ。部室に置きっ放しにしていた教科書を取りに行った時、なんですよね。その時にたまたまいた人に誘われたんですよ。キャンプをするから来ないかって」

「すんごく曖昧」

「ええ。めっちゃ曖昧です」

「そんなんだから、警察により疑われたわけか」

「うっ」

 止めのように言われた優弥の言葉が、ぐさっと心の傷を抉る。

 確かにそうだ。あれこれ曖昧なせいで、刑事たちの心証はどんどん悪くなっていった。適当に言って誤魔化そうとしてんじゃねえぞという感じだったのだ。が、実際に何も覚えていないので答えられない。そして、最終的に役立たずとなったわけだ。

「男か女かも覚えていないのか」

「そうなんですよね。こう、ぼんやりとして覚えていないんです」

「拙いな」

「えっ」

 ひょっとして脳みその具合に問題がと、理土は深刻に考えてしまったが、蘭子に馬鹿ねと切り捨てられた。

「そうじゃなくて、あいつがあんたを誘い出したかもってこと」

「えっ。あいつって、さっきからずっとぼかされている、謎の人ですか」

「そうよ。ねえ、先生。これってやっぱり」

「ああ。呼び出されたのかもな」

 優弥がそう言った瞬間、ぞわっとした空気を感じたのは、気のせいではないだろう。ということは、自分はその謎の人物に嵌められたということか。

「可能性としては高そうだ。何より君、来年はうちに来るつもりだったわけだろ」

「え、ええ、まあ。でも特に誰かに言ったりしてないですよ」

「成績は」

「えっ。自分で言うのもアレですが、まあまあいい方だと思いますけど」

 自分で言うのは何だけどと、理土は思いつつもこの三年間の成績を振り返る。すると、まあまあいい、になるのではないか。

「ふむ。後で大学で問い合わせるとして、今は君の証言を信じよう。となると、ますます可能性は高まるな」

「そ、そうなんですか」

「ああ。どうやら、ぼやかして終わりには出来ないらしいが」

 そこでふと、優弥が河原に目を向ける。連れて見ると、あの時と同じように炎が上がっていた。

「うわっ!?」

「な、何だっ?」

 同じく炎に気づいた他のグループが騒ぎ始めた。これは拙いのではないか。

「行くぞ」

「えっ、行く」

 近づく優弥と蘭子に、理土は恐る恐ると付き合う。またあらぬ疑いを掛けられないか。そっちが心配だが、今回は身の潔白を証言してくれる人がいるから大丈夫か。

 そう思いつつびくびくと近づいて、ふと、奇妙なことに気づいた。あの時も何となく思っていたが、涼しい九月の夜だとはっきりする。

「あれ、やっぱり熱くない」

「ああ。どうやらそれがポイントみたいだな」

「って、どういうことですか?」

 それにしても、熱くない炎。変な感じだ。しかもやっぱり綺麗なオレンジ色だった。それも高温のためにオレンジ色なのではなく、薄ぼんやりと明るい感じのオレンジ色。

「どれどれ」

 優弥は熱くないならばと触れてみようとする。さすがにそれは拙いでしょうと、蘭子と二人で止めた。

「大丈夫だって。ほら」

「えっ」

「ありゃっ」

 優弥に引っ張られて炎の中に手を突っ込む羽目になった蘭子と理土は、熱くない上に何ともない炎に目を丸くする。しかもこれ、よく見ると炎って感じがしなかった。しかし、映像というわけでもなさそう。

「よし。後は研究室で何とかなるな。寝るぞ」

「ね、寝ちゃ駄目でしょ。騒ぎになってます」

 優弥たちが手を突っ込むのを見物していた人たちが、同じように炎に手を突っ込んで遊んでいる。これを放置していいのか。

「どうせもう収まる」

「そ、そんな」

 理土が無責任なと叫んだが、優弥の言うとおりに炎はすぐに収まった。それに、理土は狐にでも化かされた気分になる。

「い、一体何だったんですか」

「君が感じたことを、多くの人に体験させたかっただけさ」

「えっ」

「狐に化かされたってね」

「はあっ?」

 ますます解らない言葉に、理土は間抜けな絶叫をするしかないのだった。




「おはよう」

「おはようございます。って、あっ、あの時の」

 数日後。優弥の研究室に呼び出された理土は、二度と会いたくない人物と再会することになった。取り調べを担当した刑事の長谷川京一はせがわきょういちだ。その長谷川は三十代とあって血気盛んな感じのする、真面目に一直線な性格というべき刑事なのだ。

「何だ。お前が依頼したのか。役立たずのくせに引っ掻き回しやがって」

「なんだとぅ」

「ま、この先生に依頼した点は褒めてやるよ。他の奴に相談していたら、公務執行妨害でしょっ引くところだ」

「なっ!?」

 あまりの言い分に絶句してしまったが、からかわれているだけだ。長谷川は取り調べの時とは違って、めっちゃにやけている。

 なぜだ。どうしてこうなったと、理土は頭を抱えたくなる。

「こいつ、長谷川とは昔からの馴染みなんだ。つまり、君は遅かれ早かれこの研究室のドアを潜ることになったというわけだ」

 そこに優弥が不機嫌そうに解説する。この人は研究室にいると不機嫌スイッチが入るのか。謎だ。キャンプでは生き生きしていたというのに。どっちが本業なんだ。

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