第8話 人為的
「いいかい。怪火みたいに妖怪絡みを疑わせる事案については、楽しみながら挑むのが鉄則だ」
「そ、そうなんですか」
「ああ。そうしないと、奴に付け入られるからね」
「――」
ああもう、だから奴とかあの野郎とか誰なんですか。こっちの方が非常に興味深い謎になっているんですけど。
理土はそうツッコミを入れたかったものの、この二人が教えてくれないだろうことは理解していた。
それは多分、奴とか野郎とか、あえて名前を言わないようにしているからだろう。ハリーポッターなんかでも、名前を言うのを恐れるっていうのがあったし。しかもそれだけでなく、ところどころで話題にすることで忘れないように警戒しているみたいだ。
それは理土が見た炎よりもヤバい何かなのだ。相手は人間なのだろうけれども、触れてはならないような何か。ヴォルデモートのようなヤバい奴に違いない。
「ま、いっか」
ともかく今は、あの謎の炎について解明する。そして、自分にべっとりと貼られた役立たずのレッテルをべりっと剥がさないと。ってあれ、これ、殺人事件の捜査なのだろうか。何だか微妙にずれている気がするが、それは本職の刑事に任せておこう。腹立つことだし。
「そうそう。君の知りたいことは炎の謎だ。そこに集約されているから手伝っているんだよ。まあ、色々と気に掛かることもあるからだけど」
目玉焼きの一部を食パンの上に載せつつ、優弥がにやっと笑った。イケメンらしからぬ笑みに、何だか怖さを覚える。
「気に掛かる」
「つまりは分割できるっていう点だな。本物の怪火であるとは思っていないが、奴の仕業の可能性は十分にあるってことだ。多くの人を惑わす存在だからね」
「はあ」
「つまり、謎の炎が出たのは殺人事件があったからさ」
「えっ」
「死んだのは、その炎が原因じゃないってことさ。しかし、外観的には不思議現象にしか見えない。まるでここで妖怪が、人間ではない何かが出たかのように思わせたい。奴が関わっていると匂わせるためにね」
「で、でも」
佐藤の死体は焼けていたではないか。そう思ったが、はたと気づく。そう、焼けていたが佐藤だと判別できた。それはすなわち、真っ黒こげででも酷い火傷でケロイド状だったわけでもないということだ。
「そう。さすがに実際に炎が上がっているんだから、火傷していないとおかしいよね。しかし、その火傷は致命傷ではないはずだよ」
「ああ」
じゃあ、あれ。どうして佐藤は死んでいたんだ。刑事はその辺を話してくれなかった気がするが。火傷じゃなかったら何だったんだ。
「自白を取ろうとしてたんだろう。刑事が明かしていない内容を喋れば黒って決まりだからね。つまり、刑事たちはあの火だけが原因ではないって知ってたんだ。だから、怪しかった倉沢君も、いつしか本当にぼんやり炎を見ていただけの人に格下げされたんだよ」
「そ、そうか」
格下げって。犯人有力候補から一般人扱いになったことを指しているんだろうが、虚しさを覚える表現だ。警察での二週間のおかげで、理土はすっかり卑屈になってしまっている。
「となると、いずれ犯人は逮捕されるよ。変な火が出たのは、集団心理のせいみたいになって、なかったことになる。が、それは防ぎたい」
「ふ、防ぎたいんですか」
「そうさ。ここで怪火が出るっていう噂になることを、避けたいんだよ。俺は」
「えっ」
「さっきも言っただろ。それこそ、奴の企みだからね」
「えっと」
つまり、研究室で理土の話を聞いた段階で、その謎の人物の関与を疑っていたということか。だから人為的だが調べると言ったのか。
「そう。まあ、頭ごなしに否定するのは真実を見抜くことから遠ざかる。だからこそ、ちゃんとサンプルも採取して検証もしているってわけさ。それに人為的であるならばトリックを証明しなければ意味がないしね」
「な、なるほど」
そんなちゃんとした理由で検証していたのか。単純にキャンプして息抜きし、ダチョウの卵を食べたかったわけではないと。
「ダチョウは君たちのサークルのせいだけどな」
「そうでした。って、俺はダチョウの卵を食っているところすら、見たことないですけど」
そうぼやきつつ初めて食べたダチョウの卵は濃厚で、とても美味しかった。食パンとの相性も抜群で、バクバクと食べてしまう。その間に蘭子が空いたスペースで野菜を焼いてくれ、卵と絡めて食べたらもうお腹一杯だ。本当に肉は要らなかった。
「あのままだから、大丈夫なのか」
「そうそう。腐ったらそこだけ切り落とせばいいからな」
「なんてワイルド」
無駄にイケメンでスタイリッシュな姿からは想像できないと、理土は苦笑してしまう。まったく、大学でも変人と噂される優弥だが、何かとずれているらしい。
「慣れだよ、慣れ。アウトドアをやるようになったら、何かが弾け飛んだ」
「それは飛んだら駄目な部分だったのでは」
思わず理土が指摘すると、蘭子がうんうんと激しく同意してくれた。おかげで困っていると、その顔が物語っている。
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