第7話 ダチョウの卵

「あら。あなた物理学科なの」

「そうですよ。って、伊本先輩から聞いてないんですか」

「ええ。どこの誰かまでは知らされていなかったわ。同じサークルの奴が殺人犯にされそうになっている。しかも妖怪絡みらしい。その程度の説明だったから」

「ああ、そうですか」

 雑な説明ですねと、理土は和彦の適当さに呆れた。そう言えば、あの人は出会った当初からどこか適当だった。自分が四年で来れなくなることを解っていて、理土をサークルに引き込んだあたりからも解ることだが、わきが甘いというか、ともかく適当なのだ。

「じゃあ、何。来年になったらうちの研究室に来るわけ。最悪」

「め、面と向かって言わなくても」

「言いたくなるわよ。ああもう、最低だわ。たぶん、藤木はあなたを採るでしょうし」

「――それは助かります」

 研究室選びは熾烈だと言われている。希望する研究室に入れるかどうか。それは成績に懸っているし、他にも教授たちの印象に懸っている。

 今の理土は印象なんて最悪。むしろ近寄るなと思われている可能性もあるので、優弥が拾ってくれるならば助かる。そして何より、妖怪を追うなんて副業をしていようと、物理学者としての藤木優弥は素直に尊敬できる。

「そう。学者としてとても素晴らしい人なのよ。それが、あの野郎のせいで」

「あの野郎」

「詳しくは言わないわよ。首を突っ込んでもいいことはないわ。木乃伊みいら取りが木乃伊になるだけだし、私の仕事も増えるから」

「――」

 凄い秘密なんだなと、理土はますます興味を刺激されるが、今はどう足掻いても教えてもらえないだろう。こういうのはタイミングだ。自分が今、大学三年という位置でよかったと、そう思うことで満足しておこう。そして必ず、四年になったらあの野郎と呼ばれる人物の正体を探ってやるのだ。

「おおい。先ずは卵を食ってみよう」

 そんな会話が交わされているとも知らず、炭が温まったと優弥は二人を呼んだ。そして、汚れていない鉄板でまず卵を食べようとワクワクしている。

「あの人、不思議ですよね」

「そういう人よ。変人って噂されているのは知ってるでしょ」

 初めて蘭子と意見があったのがこれってどうよと思うが、ともかく、単にいがみ合う関係から少しは改善されたらしい。

「ダチョウの卵ってどうやって食べるんですか」

「目玉焼きが一番らしいね。あ、野崎君。パンを出して」

「了解です」

 優弥は太ももで卵を固定し、アイスピックでコツコツと卵を叩き始めた。割るだけでも一苦労らしい。

「硬そうですね」

「硬いよ。やるかい」

「いえ。ばりんっていっても怖いんで」

「そうそう。くれた人は強く叩いても大丈夫って言ってたけど、卵だからねえ」

 そんな何気ない会話もようやく出来た気がするが、ともかく、ダチョウの卵を真剣に割る。分厚い卵の殻を慎重に割って取り除き、ようやく天辺に穴が開いた。

「おっ」

「ようやくだな」

「やっぱり大きいですね」

 三人で割れた隙間から中身を覗き、その黄身の大きさに驚いて笑った。おかげで一体何をしに来たのか、一瞬だが忘れてしまった。

「ダチョウの卵っていうのは素晴らしいな」

「ええ。暇つぶしに食ってみようと企んだ奴を、初めて尊敬しましたよ」

「というか、これだけでサークルを作ろうっていう発想に驚きますけどね」

 感心する男子二人を、蘭子は呆れたように見る。が、本心から呆れているわけではなく、楽しんでいるのも解った。

「さて、焼くぞ」

「おう」

 優弥が慎重に鉄板の上に中身を流し込む。すると、ずるんっと中身が出てきて見事な目玉焼きへと変化していく。

「ああ、でもこれ、目玉の部分が生焼けになるんじゃ」

「蓋をしよう」

 いかんせん大きな黄身だ。白見部分は着実に火が通るが黄身がまだまだ。ということで、緊急的にアルミホイルで蓋を作って被せる。

「いやあ、キャンプだね」

「楽しんでいる場合じゃないんですけどね」

「あ、そうだ。謎の炎を解明しないと」

 再び、怪火の謎について忘れてしまっていた自分に驚きつつ、理土はそうだったと頭を掻いた。どうにも優弥のペースに巻き込まれると何が問題だったか忘れそうになる。

「まあ、いいんじゃないか。世の中には楽しみがあって当然なんだから」

 そして、最も楽しんでいるのが優弥だ。というか、この人が率先して楽しんでいるから、それにペースを惑わされる。第一印象を覆されるほどに、キャンプを楽しみまくっている。気難しさはどこに行ったのやら。

「これ、肉は要らないわね」

 でもって、蘭子も最初の蹴りはどこに行った、というくらい楽しんでいるから驚かされる。これはどういうことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る