第4話 野崎蘭子

「いてっ」

「あんたね。余計な仕事を増やしてくれたのは」

 約束の土曜日。集合場所の大学の駐車場へと現れた理土に、いきなり脛に蹴りを食らわせてくれた女子は、余計な仕事だと憤慨していた。

 見た目は可愛らしい人だというのに、かなり乱暴。しかもなぜここにいて、優弥とどういう関係なのか。まったく知らされていないのに、理不尽な暴力だ。

「こらこら。野崎君。邪魔するなら帰っていいよ」

 そして肝心の優弥は、車に機材やらキャンプ道具を運び込みながら、のんびりと注意してくる。どうやらこの女の子は野崎というらしい。

「ふんっ。ついて行きますよ。これ以上本業をサボられては困りますし、共同研究もはかどらないまんまです。何としてでも最短時間で解決しないと駄目ですからね」

「えっ、共同研究」

 てっきり自分と同い年か下だと思っていたので、意外なワードが出てきたと驚いた。すると、野崎にぎっと睨まれる。

「私はあなたより年上です。あの小憎たらしい伊本と同級生です」

「え、ええっ。っていうか、ええっ」

 色んな驚きが一気に襲ってきて、理土はどう反応していいのか困って変な声を上げてしまった。というか、そういうことか。優弥の研究室に所属しているわけではない和彦が優弥を紹介すると言い出したのは、この野崎を介してってことだったのか。

「初めまして。野崎蘭子のざきらんこです」

「あ、ああ。どうも。倉沢理土です」

 ようやく挨拶を交わしたが、いやはや。まさかの年上、蘭子は二十四歳か。身長も百五十ちょっとくらいみたいだし、格好も可愛らしいし、顔もまあまあ可愛いし。見た目だけでいけば高校生に紛れ込めそうだ。

「野崎君は非常に優秀なんだが、俺の趣味に口出ししてくる困ったところがあってね」

「いえ。先生のその趣味が困るんです。私だけじゃなく、皆さん困ってるんですからね。それなのに、先生の食いつきそうな怪異の話題を持って来るなんて、研究の妨害です」

 蘭子の言っていることは激しく正論だ。しかし、怪異を解いてもらって単なる役立たずから脱出したい理土としては、蘭子の正論を支持するわけにはいかなかった。

「殺人事件なんですよ」

「らしいですね。だから?」

「――」

 反論の余地はどこでしょうか。こういうの、警察でも経験したなあと、理土は遠い目をしてしまった。救いは優弥がやる気であり、特に何も言わないことか。いや、話を聞いてくれる前に文句は聞かされたけれども、ともかく調査対象としてはクリアしている。

「さあ、行こうか。今日はキャンプだ。やることが多い」

「はあ。リフレッシュと考えるしかないですかね」

「そうそう。さ、行くよ」

 こうしてどういうわけか付いてくる蘭子と三人で、あの問題のキャンプ場へと向かうことになった。運転は車の持ち主でもある優弥だ。その車は黒のワンボックスカーで、明らかに機材や大きな物を運ぶことを前提にしたものだ。

「完全にフィールドワーク用ですよね」

「当然。物理学者やってるだけだったら車なんて必要ないからね。副業のために免許を取り、車を買ったんだ」

「す、すごいっすね」

 車の購入理由が副業って、普通はあり得ないよなと思う。理土は助手席に座っているのだが、その助手席のところのドリンクホルダーには目玉おやじの置物が鎮座していた。まさに趣味の世界という感じ。

「それは貰い物だね。妖怪を調べてるっていうと、もれなく水木しげるグッズをくれる人がいるんだ」

「へえ」

 何だ、目玉おやじは優弥の趣味ではないのか。理土はつんっと目玉おやじの頭を突く。すると、そんな理土の席を後ろにいる蘭子が蹴飛ばしてきた。

「いたっ」

「呑気に妖怪の話をしている場合じゃないでしょ。あんた、殺人犯だって疑われたんでしょ。そんなに怪しかったわけ」

 意外にもまともなツッコミであり、かつ、悲しくなるツッコミを入れられた。理土はそうみたいですと、再び目玉おやじの頭頂部を突っつく。

「みたいですって」

「いや、急に目の前に火が現れたんですよ。しかも静かに不気味に燃え上がるんです。じっと見ちゃいますよ。それだけなのに」

「ふうん。つまり、急に火の手が上がって、それが大きくなっていったと」

「ええ。で、一定に大きくなったところで火は保たれて、炎が安定している状態になったんです。不思議でしたよ。そりゃあ、見ちゃいますよ」

 いかに自分がただぼおっとしてしいていたのではないと強調するか。そこに腐心する理土だったが

「要するに、ぼおっとしてたのね」

 と蘭子にばっさり切られた。何故だ。誰だって見惚れると思うのだが。

「馬鹿ね。その前に消火することを考えないと駄目でしょうが」

「あ、そうか。でも、どこから燃えているか解らないのに」

「目の前に川があるんだから、水を汲むべきでしょ」

「まあ、はい」

 それはご尤もと、理土は頷くことしか出来なかった。確かにそう。消火活動に加わらなかったというのが、何よりも警察の心証を悪くしたのだ。しかし、他の人だって別に消火活動なんてしていなかったというのに、どうしてだ。

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