第3話 怪火

「あの、どうして物理学の先生が、そんな雑誌ムーで扱っているようなものを」

「オカルトと一緒にするな。あれは暇人か愚か者のやることだ」

「はあ」

「妖怪は文化であり我々日本人ならば感じることの出来るものであり、そして、我々の心の隙間に入り込み、場合によっては悪さをするものだ。そんなことも知らないのか」

「ええ、まあ」

 だって、理系ですし。というか、先生も理系ですよねと、理土は聞きたい。しかし、訊くとややこしくなりそうなので、曖昧に頷くだけに留めておいた。が、それで優弥は納得してくれない。

「君は軽く考えているがね。いや、理系だからそんなのは関係ないと驕っているがね。俺の知り合いは物理学者だったというのに、妖怪に飲まれてしまったんだ。俺にはそいつを止める義務がある」

 そこで顔を上げた優弥の目はとても真剣で、とても冗談で言っているようには見えなかった。

「それって」

「ま、それが俺の副業のきっかけだね。が、今は関係ない。手早く当時の状況を、簡潔かつ明瞭に言え」

 しかし、優弥はそれに関して教えてくれず、相談内容を言えと急かしてきた。確かに相談を持ち掛けたのはこちらだが、あまりに一方的な人だ。

 いやはや、噂に違わぬ変人。が、ようやく理土の言い分を聞いてくれる人が現れたのは事実で、理土は精一杯頑張って当時の状況を伝えた。

「ふうん。なるほど、それは随分と面白い状況だ」

「お、面白くないです」

 状況を説明し終えての優弥の最初の一言に、ぶんぶんと首を横に振って理土は否定する。その変な火のせいで、誤認逮捕された上に役立たずの烙印まで押されたのだ。誤解は晴れたとはいえ、同級生から憐みの目で見られる日々を送る羽目になっている。それを、面白いの一言で済ませてもらいたくない。

「惜しいな。これで人死にが出ていなければ俄然やる気が出るんだが」

「最悪ですね」

 普通は逆ではと訊くと、俺は探偵じゃないと却下された。まあ、確かに優弥は物理学者だし、副業で妖怪だか何だかを追い掛けているだけの人だ。人死にが出ても困るだけというのは理解できる。

「しかし、その男。本当に怪火かいかが原因で死んだのか」

「えっ」

「分割して考えられるならば、検証の余地はある」

「ほ、本当ですか」

 優弥の反応からひょっとして話しても無駄なのかもと思っていたが、意外にも調査してくれるらしい。

「現場を見に行く価値はあるな。どう考えても、そこで自然に火災が発生したとは考え難いようだし」

「やった」

「が、人為的なトリックだろうよ」

「そ、そうですか」

 すでに人為的なトリックだと納得しているわけか。それなのに現地調査したいとは意外な気分だったが、理土とすれば事件のトリックが解ればいいので、深く追及はしなかった。というより、下手にツッコミを入れてへそを曲げられても困る。

「あの、それでさっきから言ってる『かいか』って何ですか」

「何だ、自分が目撃した現象の名前も知らないままでここに来たのか」

「ええ、まあ」

 優弥は呆れたという顔をするが、普通、そういう現象の名前なんて知らない。先ほど小馬鹿にされたことで解るように、理土はそういう妖怪関係なんて一切知らない。

「かいかとは、怪しい火と書き、全国各地で目撃情報のある謎の火だ。尤も、今回のように炎であることは稀で、鬼火のようなものだな。鬼火くらいは知ってるだろ」

「ええ、はい。火の玉ですよね」

「そのとおり。多くは土壌に含まれるリンが何らかの原因で発火し、火の玉として認識されるんだ。なぜ目撃情報が墓場や河原に偏っているかというと、昔は土葬が当たり前だったからだ。墓場はもちろん、河原に放置するというのはよくあることだったからな。晒し首なんかも河原だろ」

「はあ、まあ」

 さらっと晒し首って言われても。そう思ったが、漫画やアニメで見たことがあるので頷いておく。

「というわけで、人間の組成成分としてあったリンが土壌に染み込んでいる場合が多いんだよ。それで目撃される」

「な、なるほど」

 さらさらと説明され、この人って本当に妖怪も研究しているんだと呆れてしまった。今回は非常に心強いが、物理学の先生としてはどうなんだろう。

「が、今回のパターンは非常に珍しい。どうしてそんなことをしたのか気になるね。ということで、今週末、現場に行ってみよう」

 こうして優弥と個人的なメアド交換を済ませ、あの謎の火の解明に乗り出すことになったのだった。

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