第2話 藤木優弥

 が、所詮は先輩であり、この和彦は理土が加入すると同時にいなくなった。つまり、四年生になって卒業研究で忙しく、部活をやっている時間がなくなった。彼もまた幽霊部員の仲間入りとなっていたのだ。当然、和彦のいない部活に理土は用事があるはずもなく、席を抜くことなく四年になっていたというだけ。全く以てはた迷惑な人なのだ。

「そんなことを言っていいのか。そのお前に降りかかった厄災の原因。そいつを突き止めてくれる人を紹介してやろうっていうのに」

「えっ」

 そんな迷惑だけを振り撒く和彦がそんなことを言うので、理土はもちろん、期待ではなく不信な声で訊き返していた。

「俺もそんなに仲がいいわけじゃないんだけど、この大学に藤木優弥ふじきゆうやっていう物理学の准教授がいるだろ」

 しかし、そんな不信感たっぷりに見られていることなんて気にせず、和彦は紹介する人物の名前を挙げた。

「えっ、あの藤木先生。量子力学の貴公子なんて呼ばれている人ですよね。まあ、確かに炎ですから、物理学で解けそうですけど」

 でもって、理系であるから理土はその人を知っていて、思わず食いついてしまった。それが運の尽きだったことは、その後で経験することで理解するが、この時はちょっと期待した。いや、大いにあの謎の炎のトリックが解ると期待した。

「紹介してほしい?」

「ほしいです」

「よし。じゃあ、仲介してやるよ」

 この時、この時、和彦が意味ありげににやっと笑っていたことに気づいていれば、その後の不幸は軽減されたのではなかろうか。

 が、警察にこってり絞られ、さらには役立たずの腰抜け扱いされた理土は、警察よりも先にトリックを知れるかもしれない期待に乗ってしまった。つまりは、怪しい話だとは疑うはずもなく、鼻を明かせると舞い上がってしまっていたのだった。




 ドアを開けた瞬間に後悔が襲ってくるなんてことがあるのか。理土はまず、開けるべきドアを間違えたのかと思った。が、研究室の表札部分には藤木と記されていて、しかもここは理学部の使う建物だから疑いようはない。ないのだが。

「え? 民俗学研究室みたいじゃん」

 そこに広がる光景は、どう考えても物理学者の部屋ではなかった。鬼のお面や各種神社仏閣のお守りにお札、よく解らない木彫りの置物、だるま、不気味なぬいぐるみなどなど。多種多様な雑多なものが積まれ、決してここで物理学の研究をやっているようには見えない。

「おいっ。ドアを開けたらすぐに閉める」

「は、はい」

 入り口でその雑多な物たちを眺めて呆然としていたら、奥からそんな注意が飛んできた。確かにノックに対して返事はあったけど、ここに本当にあの藤木優弥がいるのか。

「失礼します。伊本の紹介で」

「ああ。怪火かいかに遭ったという子だな。しかし、あれは人死にが出ているというじゃないか。その時点で妖怪としては興味はないんだけどね。まあ、一応は参考までに聞くよ」

 相変わらず、どこに優弥がいるのか不明なのだが、声は奥から飛んでくる。しかも興味ないって。しかも参考って。どういうことなのか。首を捻るより他ないが、ともかく優弥の姿を探すしかなかった。

「あっ」

 雑多な物を倒さないように奥に進むと、ようやくパソコンと机があって、そこに見慣れた優弥の姿を発見した。その優弥は学生がやって来ようが関係なしにパソコンをガシャガシャとやっている。

 そんな藤木優弥は、物理学、それも量子力学の世界では有名なこの先生なのだ。今年で三十五歳。すらっとした体形で足が長く、顔もなかなかのイケメン。そんなこともあって、量子力学の貴公子なんてあだ名されている。が、同時に変わり者としても有名で、未だに結婚できていない。しかし、まさかこんなにも変だったとは。

「俺は忙しいんだ。物理学をやるのは当然なのだがね、俺は妖怪を追い掛けるのにも忙しい。まあ、副業のようなものというか、そっちは完全に在野での研究というか、まあ、君には関係ないか。ともかく、妖怪関係の情報は頂く。本当に妖怪がいるならばこの目で拝みたいからな。が、君の見た怪火はどうも聞く限りは人為的だな」

 その優弥は、机の前で呆然と立ち尽くす理土に向けて、立て板に水の勢いでそう喋った。なるほど副業で妖怪研究を、って、納得できない。

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