怪異は人の心を嘲笑う

渋川宙

第1話 謎の炎

 目の前に広がる不可解な光景に、倉沢理土くらさわりどは息をするのを忘れて見入っていた。

 火の気のない河原に広がるオレンジ色の火。この火は一体どこからやって来たのだろう。そんなことを思いながら、じっと眺めてしまった。

 しかもその火は不思議と熱くないのだ。こんなにも傍で見ているというのに、顔を焼くような熱さを感じない。夏で周囲の温度も高いせいだろうか。それにしても、綺麗なオレンジ色の炎だ。

「おい。何だ、これ」

「大変だ。火事だ」

 そうやって周囲が騒ぐ中、理土は理解できない現象をじっと見つめ続ける。

 だって、ここは河原だ。石がごろごろと落ちている、山の中腹を流れる川の傍だ。そんな場所で、いくら自分たちがキャンプをしていたとはいえ、火事なんて起こるはずないのだ。

 それなのに、目の前で炎は静かに燃え続けている。実に不可解だ。一体燃料はどこにあるのか。いや、そもそもこの火はどこからやって来たのか。自分たちがキャンプに用いた焚火は、全く違う場所で燃え続けているというのに。

「おい」

「あれ」

 そしてその火は、理土がじっと見続ける中、急に消えた。先ほどまであれほど燃え上がっていたというように、それが嘘だったかのように、一瞬で消えてしまったのだ。辺りは炎という光源を失って、いきなり暗くなる。

「何だったんだ」

「解んない」

 誰も彼もが、その不思議な現象に首を傾げる。しかし、先ほどまで見ていたものがただの幻覚ではなかったことは、すぐに証明されることになる。

「あれ、佐藤君じゃない」

「本当だ。って、うわっ」

「きゃあああ」

 その悲鳴で、理土はようやく夢から覚めたように周囲の音を拾った。そして悲鳴の方を見て、自分もまた悲鳴を上げることになる。

「うわあっ」

「死んでる」

「きゃああ」

 そこからはもう大騒ぎだった。そう、炎が上がっていた河原。そこに横たわっていた佐藤稔さとうみのるは、全身に大やけどを負ってすでに息絶えていた。




「お勤め、ご苦労さん」

「先輩。悪い冗談は止めてください」

「いやいや。でも、疑いは晴れたんだろう」

「ええ、まあ。警察からはたっぷり不審がられ、ねちねちと取り調べられた挙句、最終的に腑抜けていた腰抜けの役立たず、という烙印を押されて放り出されましたよ」

「ははっ」

 そこまでやり取りして大笑いする伊本和彦いもとかずひこを、ようやく大学に来れるようになった理土は大きな溜め息を吐いた。まったく、ようやく部室に物を取りに来れたというのにこれだ。やっていられない。

 というのも、一か月前に河原で不可解な炎を目撃し、そうして同級生の佐藤稔が死体となって目の前に現れてから、理土は目まぐるしい日々に突入していた。なんと、容疑者として警察に連行される憂き目に遭ったからだ。

 あの日、炎に気を取られてぼんやりとしていた理土は、それはもう怪しい奴だったのだ。それは警察だけでなく、一緒に行動していたサークルの連中もそうだったというのだから、笑い話では済まされない。

 通報を受けてやって来た警察にそのまま拘束され、二週間こってり絞られることになった。が、もちろん何もやっていないので何も出て来ない。幸い、日頃の行いがよかったからか、はたまた存在感がないおかげか、こいつじゃねえなとなった。焼死した佐藤を炙った炎も何か解らず、トリックは解明できないまま。が、理土がそんな手の込んだ殺し方をする理由は一切なかったという次第。

 佐藤を殺す動機もなければ、佐藤に絡むようなことは何一つない。たまたま、サークルの活動に参加していた暇人。そういう烙印を押されたわけだ。実際、暇だったから参加したのだ。

そもそもこのサークル、「ダチョウの卵を食べる会」なんて変な名前のサークルそのものが、暇人の集いに過ぎない。さらにはそんな暇な部活に席だけ置く幽霊部員の理土は、人数合わせであの日のキャンプに参加したに過ぎないのだ。もちろん、このサークルの主目的であるダチョウの卵だって食べたことがない。どうやら他の部員はあるらしいが、それだって暇つぶしの一環だ。

「ま、この部室を物置きに使っていた天罰だな」

「それは先輩もでしょ。というか、先輩に出会わなければ、こんな災難には巻き込まれなかったんですよ」

 理土はそう言って大きく溜め息を吐く。そう、暇人サークルにわざわざ入っている理由はただ一つ、新入生歓迎会にてこの和彦に捕まったせいだ。面白い先輩で、何より理系の理土は友達がいなかったから、この先輩も理系だと知った時、この部活に属していれば間違いないと思ったのだ。

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