第16話 九龍特区姉妹都市烏龍のクラブ・パライゾ
配達員のサヤカ・リーは、薄暗い路上で疲れたように吐き捨てた。
「…だから言ったのに。あたしは配達員だって」
広がる血溜まりと硝煙の匂い。火を吹いた銃を懐に仕舞う数人の黒服たち。
戦前にどうだったかは知らないが、世界が統一されて10余年__大陸の東は、偉大なる無法者たちが取り仕切る大きな暗黒街だ。こと流通においては旧アジアに大昔から存在する
「リーさん、お怪我は?」
「ううん。大丈夫です、いつもありがとう」
黒服が一人、サヤカ・リーの身を案じて近づいてきた。そのまま荷物を持とうとするが、勤勉な配達員は首を横に振る。信用第一の商売だ。お利口でいるうちはクリュウ・ファミリーが彼女の後ろ盾になってくれるが、例えば荷物を少しでも他の誰かに触らせたりしたら。明日、どこかの道路を塗装するのはサヤカ・リーになるかもしれない。その可能性がある限り、滅多なことは出来なかった。
「気持ちだけもらっとくね。アリソンは中?」
「はい。
「あちゃあ、油売りすぎたかな」
烏龍の路地裏にひっそりと佇む地下への扉。民家の裏口を装ったそこは、知る人ぞ知る楽園に繋がっている。入るには合言葉が必要だが、サヤカは天下御免の配達員のため顔パスで通ることが出来た。
「アリソンにお届けものです」
「…入れ」
窓付きの重たい扉がゆっくりと開いていく。中はゴキゲンな音楽が凄まじい音量で響いていた。暗黒街の楽園。地下に沈む不夜城。クラブ・パライゾは休むという言葉を知らない。信じられないことに、昼間も変わらず音楽が流れているのだ。
「ごめんくださ__」
「
「躊躇いのない悪口…!」
入るや否や、巨大なバストを白い革のコスチュームでぎゅうぎゅうに締め付けた美女がサヤカに突撃した。西の方特有の澄んだ金髪に、目鼻立ちのはっきりした、シャンパングラスのような女。
クラブ・パライゾの城主、プリンセス・アリソンその人である。レザー越しにムチムチと張り出したバストで、顔を塞がれたサヤカが窒息する。
「プリンセス、どうかその辺りで」
黒服に窘められ、美女の猛進がようやく止まる。
「あらン!ごめんなさい駒鳥、私の身体が隅から隅まで美しく豊かなばかりに、可愛いあなたを絞め殺してしまいそうだったわ」
「リーです、プリンセス・アリソン…ゴホッ」
女の白いデコルテからは甘く控えめなヴァニラの匂いがした。いい香りだが、少し少女趣味だ。
「こちらがあなたへのお届け物です」
「
片手で持てる程軽い箱を差し出すと、アリソンの顔が喜色に染まった。熱い唇が迫り、サヤカは思わず目を瞑る。チュッとリップ音を立てて小娘の頬にサインしたアリソンが、細いペンで伝票に受取人の名前を書き込んだ。きれいな輪郭を描く筆記体。インクは鮮やかなマゼンタだった。
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