第15話 九龍特区姉妹都市烏龍の雑貨堂

「ジョウさーん!いつもの小包お届けでーす」

 雑多に商品が立ち並ぶ【店】の出入口、開け放たれたドアがフラフラ閉まろうとするのを抑え、配達員のサヤカ・リーは枯れた大声を出した。どこにいるのか、スナック菓子の山の向こうから「…ォーイ」と男の声がする。顎を伝い落ちる汗を振り落とし、サヤカは扉から離れ、店の中に入る。ガチョン、と対して厚くもないドアが可動域に制限されて軋んだ音を立てた。建て付け悪すぎるだろ。

「ジョーさん?手ぇ貸した方がいーい!?」

 ドン、とレジスターの他にも、細々としたお菓子が陳列__されているというよりぶち撒けられているカウンターに荷物を置き。首を伸ばして奥を覗き込んだサヤカは、手近な所に転がっている駄菓子のガムを勝手に口へ放り込む。うわ、暑さで溶けてゆるくなってる。

「…売り物を勝手に食われちゃ困るヨ、小嬢シャオジェ。金払う、ヨロシ」

 山場を乗り越えたらしい店主がよろよろやってくる。メジロ色に染めた細い髪と同じ色の羽織が胡散臭い、夜でもサングラスのひょろい兄さんだ。サヤカは胸ポケットにいれっぱなしの小銭を、額も見ないでレジ横に置いた。

「朝から何も食べてないのよ。ごめんついでにお水貰えたりする?」

「ホラヨ、金払え」

 図々しいお願いにやれやれと肩をすくめたジョウはすぐそばのドリンク売り場からぬるいミネラルウォーターを投げてよこした。パキ、と封を切れば消毒に使われた薬品の匂いがする。

「生き返る……すんげー温いけど」

「文句言える立場カ?盗人逞しいとはこのことヨ」

「それあってる?」

 水を飲み干したサヤカが伝票を差し出すと、ジョウはカウンターの奥に引っ込んでからペンを持って出てきた。頭の部分をカチカチ言わせながら走らせたペン先から、まともにインクが出た試しはない。

「お、当たりヨ。コイツまだ使える」

「運がいいね」

小嬢シャオジェ、頭下げテ」

 チュン、と鋭い金属音がしたと思った瞬間、ボールペンを手にはしゃいでいた店主がサヤカの頭を掴んで引き倒した。カウンターの上の飴玉に額と鼻筋を強打する。ガツン。白い火花が散る視界の中、ジョウがポケットから出した姫銃(反動の少ない小型の銃。ピストル)を発砲する気配がする。

「近頃物騒ネ。大事ないカ?」

 ムクリと顔を起こしたサヤカは最初に、店の入口に止めておいたバイク、大枚叩いて買った水牛型バイソンの無事を確認する。荷引きにも向いている大型の二輪車は荷物もそのまま、なんら変わりない姿でそこにあった。よっしゃ。胸をなでおろすサヤカの鼻から粘度の高い血液が落ちる。

「嫁入り前の娘が鼻血出すのは大事かな?」

「唾つけとけば治るヨ。大事ないネ」

「ぶっ」

 そっけないことを言い、ジョウが数枚引き抜いたティッシュペーパーを丸めてサヤカの鼻に充てがう。此処、烏龍ウーロン特区ではこんなの日常茶飯事だ。茶飯事なのだが。

「…今日はアリソンのとこにも顔出さなきゃなんだけど。クラブでこの面はだめでしょ」

「オー、可哀想に。替われるものナら替わってヤりたいヨ」

「嘘つき」

 ケッ、とやさぐれてみせるサヤカに安い棒付きキャンディを差し出し、胡散臭い店主は再度「金払エ」と要求するのだった。


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