第14話 愚者の王冠

 死は眠りの兄弟。故に死んだ後の意識はなく、故人が己の状態を知ることはない。

「……なにが起きている」

 その筈だった。死者アズラハンの、触れれば欠けるほど乾ききった瞼が、軋みながらもゆっくりと押し開かれるまでは。

「しまった…《錠前騙しの呪文》を間違えた!なにか変なものでも開いてないよな?」

 分厚い壁越しに嘆きがアズラハンの耳を打った。

 山野に吹く翠の風にも似た若者の声である。寝起きの耳に騒がしい叫びを受け、アズラハンは乾いた体で身じろぎをした。死者を納める棺の蓋は外から魔術的な鍵が施されている筈なのだが、枯れ木のような死者の腕でも容易に押し開くことができる。

 これは問うまでもなく、古墳に踏み入ったあの狼藉者の仕業だった。

「気まぐれに使ってみたが、長ったらしい上にセンスがない。何故こんな古臭い符号を何百年も使い続けられるんだろう…」

 先人たちの叡智の結晶にとんでもないことを言いながら、狼藉者は古墳の中を歩き回っていた。目玉が溶けて空洞となった眼窩に、星色の長い髪と黒の礼服が映る。染めに使われているのは甘く香る竜の血。銀糸で細かに刺繍の施された、アズラハンが知る魔術師たちの外套によく似ている。

「…お?」

 ドン、と。縦にされていた棺の蓋が、倒れて石の床を叩く。物音に振り向いた青年の緑の目が瞠られたまま凍りついた。彼の目には今、棺から出てくる枯れ枝のような木乃伊が映っていることだろう。

「お、ええ…俺、なんかした?」

 ショックにヘラ、と笑み崩れた若者が腰から得物を取り出そうとしたところで。

「《錠前騙し》の2節目は“その青き眼を塞ぎ”だ馬鹿者。“眼を閉じ”は多くの場合死を意味する」

 至極真っ当な叱責が彼の心から恐怖を掠め取った。

「わ、呪文なんて使うの久しぶりだから間違えた」

「その体たらくでよくぞここまで辿りついたな」

「あなたが魔術の王アズラハン?」

 枯れた腕で器用に頭を押さえるアズラハン。青年はその物理法則を無視した動く死体をまじまじと眺めながら言った。

「俺、あなたに会えたら是非聞いてみたいことが沢山あるんだ。質問してもいい?」

「無礼者。貴様さてはのびのび育ったな」

「それはもう。生まれつき天才なもんで」

「口から先に生まれたような小僧よな…」

 説教を諦めたアズラハンが棺から一歩踏み出すと同時、青年は魔術的な無限の空間から一揃いの礼服を取り出し、王へと手渡したのである。


※供養です。一本の作品として書くのは無理無理の無理だな〜と悟ってしまったのでこちらに書き殴りました。

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