第12話 フランケンシュタイン

「やあ、まだ諦められないかい」


 何の話?と聞くと、見知らぬ人は肩をすくめて行ってしまいました。人違いかもしれません。


 そこは、いつも通る橋の下。見下ろしたことはあれど、めったに歩かない場所にあるこぢんまりとした駐車場です。一輪の錆びた自転車が何年も置き去りにされている以外、他に客はいないようでした。


 私は、アスファルトの上に大の字になって、眠っていたようでした。夜でもないのに、うっかり飲酒したのでしょうか。とても信じられないことです。クリーニングに出したばかりのスーツが、泥か何かで黒く汚れていました。


 私は焦って立ち上がりました。今日が何日かもわかりません。仕事があるかもしれないのに、いつまでもここで寝ぼけている訳にはいきませんでした。


 もつれる足を急がせて、トボトボ歩くはずの帰路を走ります。途中、躓いて靴がどこかへいきましたが、それすら捨て置くほど私は急いでいました。


 早く、早く。帰らなくてはなりません。


 バタバタと家に駆け込み、シャワーを浴びる間も惜しんでクローゼットを開けます。何着か替えがあるはずのスーツ。しかし、どれもクリーニングに出してしまったようです。ポールには剥き身のハンガーだけが虚しく揺れているのでした。


 焦った私は、机の上に出しっぱなしの備忘録を開きました。忘れっぽい私は、あとから思い出せるよう、大事なことはメモに残しておくのです。


『あの人を探しにいく。』


 一番新しいページ。そこから先はいくらめくっても白紙でした。つまりそれが、私がいま一番しなくてはならないことでした。


 私は携帯電話を取り出し、あの人の番号に掛けました。繋がりません。いくら待っても、呼び出し音が虚しく私の左耳を打つだけでした。


 私は外に出ます。もしもの時のために、携帯電話だけをスーツのポケットに入れて。


 公園、近くの海辺、昔よく通っていた図書館。

 私は、思いつく限りのあの人の居場所へ足を運びました。忘れっぽい私でも、デートをした場所くらいは覚えていたようです。


「もしもし、僕のこと覚えてるかい」


 公園のベンチで、くたくたになった足を休ませていると、急に連絡が入りました。あの人の一番の友人が、私に電話を掛けるなんて滅多にないことです。


 友人さんは今から言う場所に来てほしい、と言いました。絶対に来てほしくない人の言い方でした。


「あいつに頼まれてるんだ。頼むよ」


 それはきっとそうでした。だから友人さんは、私に掛けたくもない電話を掛け、言いたくもないことを行ったのです。私は彼の言うとおりにしました。


「まだ、諦められないかい」


 友人さんはお墓の前にいました。水に濡れた墓石を熱心に布巾で拭いています。私はそのお墓が誰のものか分かって__思い出してしまいました。


「何度繰り返せば気が済むかな」


 ああ。


「もう見たくないんだ。君の__」


 ああ。


「君がゾンビになってまで、あいつを探すとこ」


 ああ。


 私は、いてもたっても、いられませんでした。

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