第11話 月食う者も好き好き

 三日月は少し酸っぱいので、生食に向かない。それに加えて、満月よりも長いので、三日月の頃は少しだけ店の売上が落ちる。

「なんとかならないかナァ〜」

 ワインレッドのカクテルに削ぎたての三日月を添えながら、天使は深くため息をついた。カウンター越しに真紅のドレスを着た貴婦人がくすくす笑う。彼女は、その唇までもが滴るような赤だ。

「アタシは好きよコレ。舌にチクチクくるの」

「そりゃヴァンさんが死体だからでしょ〜」

 味覚が頼りにならない、ということを言われ、赤いヴァンパイアは肩をすくめて酒を飲んだ。グラスの中にアーチ状の三日月が浮かぶ一杯は、吸血鬼や魔女が好む夜の味だ。特に甘さのない三日月の頃が、一番美味しいとヴァンパイアは思う。刺すような酸味をカクテルのまろやかさが追い、飽きが来ないままグラスが空く。

「もう一杯」

「はあい」

 摘んだ三日月を齧りながら、ヴァンパイアは天使の背後にある小窓を見て小さく声を上げた。

「お、」

「なに?今から流れ星捕まえてこいとかいわないでよねぇ」

「次は夜が飲みたいな!」

「もっと早く言ってよねぇ〜それはさ」 

 カクテルと違い、熟成させる前の夜は葡萄のような味がする。そこに酸っぱい三日月を添えたら素敵だろうと、ヴァンパイアはにこにこした。

「こっちは?飲む?」

「天使にあげちゃう」

「ああ…上司に怒られちゃう」

 すでに注いでしまったそれを脇にやり、新しいグラスを取った天使は、背後の小窓から腕を差し出し、新鮮な夜をそっと掬った。最高濃度の青に、金粉のような輝きがまじる。

「星が入っちゃったぁ」

「じゃあ三日月も入れて?」

「あら素敵〜」

 極小の夜空を注いだグラスが、照明の下でキラキラ輝く。芸術作品のようなそれをヴァンパイアへと差し出し、天使は余り物のカクテルを飲む。

「……天使ちゃん」

 数回グラスを傾けたところで、ヴァンパイアが悲しげに天使を見た。真紅の瞳が黒く褪せている。

「なぁに?」

 天使は黄金色の瞳を平らにして微笑んだ。心なしか言葉尻が甘く、纏う空気もふわふわしている。

「これ、味しない……」

「だから言ったじゃない〜」

 メソメソとカウンターに突っ伏すヴァンパイアを、天使はケラケラと音高く笑った。

 吸血鬼の鈍った味覚はほとんどの食べ物に反応しない。加工前の夜などは、生のきゅうりをそのまま齧るより味気ないだろう。結局、いつものカクテルと塩辛いつまみを頼んだ彼女は、天使に譲った夜を見ながら、悔しそうにグラスを傾けた。


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