第7話 夜を飲む
満月のアイスクリームは美味しいのだが、高くて手が届かない。店に顔を出した初老の男
「あ!今がっかりしたでしょ」
2mを越す大柄な骸骨が装飾的な黒いスーツの肩をすくめる。喉元に輝く大きなエメラルドのブローチが、降りかかる照明の橙色をチラチラと反射した。スカスカの喉元からどういうわけか響く声は、口調に反して太く、チューバのように重厚だ。
「すまないね、今日はどうしてもあれが食べたくて来たんだ」
静寂がこの店でアレと言うと、それは決まってアイスクリームのことである。しかし、ただの氷菓子ではない。注文を受けてから満月を掬い、それが溶けないうちに提供する特別な一品で、店主がフクロウか天使のときでないと食べられないのだ。
人間や骸骨は飛べないし、吸血鬼や魔女は気まぐれなので。
「替わりと言っちゃなんなんだけど、夜でも飲んでいってよ。これはサービスだからさ」
骸骨が磨いていたワイングラスを持ち替え、後ろの小窓を開ける。冷ややかな夜の匂いが、暖かな空気で満ちるカウンター席をかすかに冷やした。
「とれたて新鮮。召し上がれ」
「……葡萄の味がする」
一口、グラスを傾けた静寂は子供のような顔でそう言った。骸骨は骨を鳴らしてカチカチ笑う。夜を初めて飲んだ客は決まって同じ顔をするのだ。
「濃い葡萄ジュースだ。おいしい、香りも強いし」
「じゃあアタリだね。次回はきっとフクロウさんかタンチョウさんに会えるよ」
骸骨はウインクをするように首を傾けた。静寂はもう一口、完熟した夜を飲んだ。
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