第5話 ニンニク好きの男

「寒くて死にそうなんだが」 

 と、そんな言い訳で我が家に上がり込んだ不審者が居着いて2週間。夜野は、そろそろ追い出すべきと決心を固め、ラップの芯を手に居間への敷居を跨ぐ。不審者はやはり夜野宅のリビングでこれでもかと寛いでいた。

「おうコラ。一体いつまで俺んちに居る気だ」

「外があったかくなるまで」

「ふざけんな!つか、どんな角度で寛いでやがる」

「角度って…90度くらいか?」

 ブラン、と天井から逆さまにぶら下がる黒一色。触れずとも肋骨が浮いているとわかる痩身に血色の悪い肌をした、やけに髪の長い男だ。それが大道芸めいたことしていると目立つ。夜野に同居人は居なかったが、ものすごく目障りだった。

「人んちでサーカスすな」

「あいた」

 紙製の武器でちょうど良い高さにある頭を打つ。ポコンッと間抜けな音がして、不審者はあっけなく床に伸びた。

「お前本当に何者なんだよ。昼間は起きてこないし、飯用意しても食わないし」

「言えない。今ここを追い出されたら比喩抜きで死んでしまう」

「…指名手配犯とか言わねぇよな?」

「近いな」

「出てけーッ!」

 近所のイカれた爺が「ギャーッ」と怒鳴る。夜野は萎縮して「ひぇあスマセンッ」と鳴き声を上げた。

「お、お前のせいで怒られちゃっただろうが…!」

 小声で詰ってくる夜野に、しかし男は知らないふりだ。もそもそとこたつに身を沈め、夜野を見ないようにして就寝の構えをとっている。

「なんつー態度だよ全く…」

 諦めて肩を落とす夜野。その背中に、いじけた男の声が届いた。

「好きでここにいる訳じゃない」

「…は、あ?何言ってんだお前」

 え?さんざん俺に迷惑かけておいて?

 夜野は今度こそ聞き捨てならなかった。日頃の諦めの良さのせいで忘れかけていた怒りが、ふつふつと沸き始める。

「もう良い。今まで遠慮してた俺が馬鹿みたいだ」

「…何の話だ」

「今から俺が何しても文句言うなよ」

「だから何の__!」

 要領を得ない夜野の言葉に居候が彼を見る。夜野はその手にニンニクチューブとフライパンを握りしめ、覚悟の決まった顔で言った。

「今からガーリックライスを作ります」

「は?ちょ、待て」

「今からガーリックライス作ります」

「どういう意味」

「ガーリックライス作るかんな。文句言うなよ」

 言うが早いか、フライパンにバターとニンニクが投入され、火にかけられたフライパンから濃厚なニンニクの香りが広がる。 

「うっ…」

「最初から気にしないで好きなもん食えば良かった。お前見た目だけはバンドマンっぽいからさ〜」

 ジャッとフライパンを鳴らす夜野の前で、男はみるみる青ざめていく。顔にはじわじわと脂汗が滲み、コタツから抜け出した男は近くの窓を全開にした。冷え切った外気が部屋の中になだれ込み、夜の気配と香ばしい香りが綯い交ぜになる。

「寒っ、窓開けんなっ…て、ええ…!?」

 ザアッと吹き込む針のような風に夜と同じ色の髪が広がった。男は黒髪を凍らせたまま夜野を睨みつけている。縦に瞳孔が裂けている。

「ふざけてんのか!?」

 カッと牙を剥き出しにして怒る男は、たちまち煙になって窓から外へ逃げてしまった。

 開け放たれた窓。窓枠より少し上の位置にハンガーを掛けていたであろうフックを見つけ、夜野はもう一度フライパンを揺すった。

「明日ニンニク買って吊るそ」

 その後、不審者は二度と戻らなかったという。











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