第4話 アリとこおろぎ
「センセ、いい加減になすってください」
蟻川ヨシヲはそう言って、丸眼鏡の奥の細い目を狐みたいに吊り上げた。細い顎とつんとした鼻が、もう既に狐の半化けという具合である。
「どうしたヨシ君、そんなに怒って」
興呂木ミドリが草色の褞袍を被り、こたつに足を突っ込んでぬくぬくしている。かごの中のみかんは小さいのが一つきりで、ミドリの手元には3枚も橙色の皮が重なっていた。
「ここは僕んちです」
「土産におみかんをやったろう」
「殆どお召し上がりになったでしょう?」
「君が食べないからね」
ヨシヲは膝を曲げて体を縮め、存分に足を伸ばすミドリの傍ら、なんとか暖をとっている。
「興呂木センセはいつもこうだ。夏なんか僕の家へ来て、勝手にそうめん食って帰ったじゃないか」
「酒を持ってきてやったろ」
「お泊りになった日、全部自分で飲んでましたよ」
「そりゃ君が天ぷらなんか揚げるからよ…」
緩まぬ追求に、ミドリは餌を取り上げられたタヌキのような顔でヨシヲを見た。堪忍しとくれよう、と情けない声が聞こえそうである。
「…みかんは箱で持ってきたからまだあるぜ」
「ええ有りますね。こたつを出て、寒い廊下を進んだ先__玄関の近くに行けば、御座います」
「あ、寒い寒い何をするの。私は足が長いんだから、そんなことしたら風邪引いてしまうよ」
「ここは僕んちだ。こたつも僕のです。センセ、御託はいいからおみかん持ってきたらどうです?」
ちぇ、と舌打ちを残して、興呂木ミドリはのそのそと部屋を出ていく。もっさりした草色の褞袍から本当にコオロギみたいな長い脚がスラッと出て、スタスタ廊下に消えていく。その無駄に長いジャージに包まれた足を見ながら、ヨシヲは遠慮なくこたつを占領した。
「おみかんだよ…ちょっとヨシ君少しのいてよ」
「早かったですね。寒そう寒そう」
足早に戻った興呂木が、ヨシヲの足をグイグイ押しながらこたつに入ってきた。
「なんか、こんな童話がありましたよね」
「ああ、“アリとキリギリス”?」
私はコオロギだけどね、と興呂木。
「寒空の下に私を追い出すかい?」
ヨシヲはちょっと考え、首を横に振る。
「センセが風邪を引いたら困るので」
答えを聞いた興呂木は、さも嬉しそうに破顔するのであった。
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