第39話 眠り姫

 桜の木に寄りかかって一息つく。

 無事に怪物も倒すことができ、魔法少女さんたちと別れも済ませたが余りのんびりもしていられない。

 今の俺はかなり怪しい姿をしているし、透明化もしていないのだ。

 百歩譲って、この姿を見られるのは何の問題もないが、仮面を取っている姿を見られるのはまずい。誰から見ても仮面の男の正体は天開紫苑ですよってわかってしまうからな。

 変身を解くなら素早くだ。 


 それに、のんびりしていられない理由はそれだけでは無い。

 人を待たせているのだ。


「ふうっ」


 仮面を外してフードを脱ぐ。

 頬に風があたり、開放感が心地いい。


 仮面にも色んなタイプがある。

 俺がつけていた顔全体を覆うタイプ。これが一番オーソドックスだと俺は思ってる。顔を隠すならこれ以上はないだろう。

 次が目元のみを隠すタイプの仮面。これに変えることも考えたが、目元を隠すなら普段から学校でやってるし、これを付けたところであまり変わらないんじゃないかと思ってしまう。

 最後が、さっきのとは逆で口元、というよりも顔の下半分を隠すタイプだ。これはなしだ。論外である。何故なら、知り合いには百パーセントバレるからだ。仮面をこの形にしなくてよかったと心から思う。


 もしも、口元を隠すタイプでさっきまでの場にいたら、幼馴染ちゃんに即バレだったろう。

 あれ紫苑兄さんそんな恰好で何してるの?だ。まあ、聞かれたらすぐにブーメランを投げ返してやるが。


 結局、仮面は今の形が一番なんだろうな。少し息苦しいけど我慢するしかない。

 

 もう一度、周りに人がいないことを確認して、俺は【妖精魔法】を解除する。今まで俺を怪しい男にしていた仮面とコートが光の粉になってサラサラと舞い上がって消えていく。

 なんでこの【妖精魔法】ってのは一々、幻想的なんだろうか。妖精の魔法だからか?

 綺麗だからいいけどさ。

 俺は何を目指してるんだろうね。

 ついに小物まで生み出せるようになって、手品師への道が一歩近づいてしまった気がしないでもない。


 最後に仕上げとして前髪をぐしゃっと崩すことで目元を覆う。いつものもっさり俺スタイルの完成である。

 

「制服の上着は龍宮寺さんにかけてきたんだったな」

 

 俺が待たせている龍宮寺さんである。

 ベンチごと透明にしたし、誰かに連れ去られるとかの危険はないと思うが、長く放置していい理由にはならない。上着を掛けたとはいえ、屋外で寝てたら風邪をひいてしまうかもしれないしな。

 着替えも済んだし、早いところ眠り姫を起こしにいこう。

 眠り姫を眠らせた魔女本人が。  


 しばらく歩いて、俺は首を傾げる。

 この公園が広いお陰で、無駄に時間がかかってしまったが、無事にベンチがあった場所までたどり着いた。

 そこにベンチはないが、俺の魔法で見えないだけだ。

 見えないはずなのだ。


「ん?」


 首を傾げながら、目を凝らす。

 しっかりと透明になってるのに、その周辺を何かを探すように一羽の鳥が飛びまわっているのだ。そこに何かがあることを確信しているようにそこから離れない。

 もしかして、動物にはそこに何かがいるってことがわかってしまうのか?


 少し近づいて、自分の思い違いに気が付いた。


 あれ、妖精か?


 見えないベンチの周辺をくるくると周っていたのは、フクロウのような形をしたぬいぐるみ。

 正確には、ぬいぐるみのような妖精だ。そいつのお腹には、翡翠色の宝石がキラキラと輝いていた。

 見たのはこれで4体目、自分の姿を含めれば5体かな。


「ぴえっ!」


「あ、消えた」


 俺の存在に気付いた妖精が、ぎょっとした顔になって消えてしまった。

 なんだったんだろうか。


 妖精ってもっと特別な生き物だと思ってたんだが、普通にいるんだな。妖精の国から来たとかじゃないのかね。


 何でここにいたのかかなり気になるが、気を取り直して先に魔法を解く。妖精よりも今は龍宮寺さんだ。


 手をかざして念じると、ベンチで横になっている龍宮寺さんが現れた。

 怪物の叫び声とかで起きてたりしないかと心配したけど、意外とすやすやと眠っているみたいだ。

 

 改めて、綺麗な顔してるよな。

 学校で彼女を知らない人はいない。

 龍宮寺さんの魅力的な容姿と性格は異性はおろか同性すらも虜にするそうだ。


 俺の友達っていうのが信じられないぐらいである。


 なんだか悪いことをしている気分になって顔を逸らす。

 普通ならこんなに彼女の顔をまじまじと見る機会なんてない。それでつい見てしまったが、勝手に寝顔を眺めてたらダメだろう。


 しかし、なんと言い訳すればいいだろうか。急に眠った件について。

 頭の中をぐるぐると考えが回るが、結局言い逃れしか出てこない。

 このまま考えてもいい考えなんて浮かんできそうにないし、起きるのを待ってるわけにもいかない。

 

 聞かれたら、そのときは正直に答えよう。


 俺と彼女は友達。

 だけど、このままでもいられないだろう。


 あいつら魔族と戦うことを決意したが、今日でよくわかった。

 急にあの怪物が現れたとき、今日のように龍宮寺さんを眠らせるわけにはいかない。

 いつか、龍宮寺さんだって危険に晒してしまう。それなら、龍宮寺さんとは一緒にいない方がいいのかもしれないと、そう考えてしまう。


「龍宮寺さん、起きてください」


 俺の言葉に反応するように、龍宮寺さんが身動ぎした。



side 龍宮寺


「んんぅ?」


 誰かに呼ばれた気がして、ぼんやりと目を開ける。

 

「あれ、天開?」


「おはようございます」


 なぜか目の前に天開がいて、頭が徐々に覚醒していくと同時に、自分の失態に気が付いた。

 慌てて飛び起きる。


「す、すまない! 最近色々あってだな、た、多分、疲れが溜ってたんだろう」


「いえ、全然、気にしないでくださいよ」


 自分の口から言い訳がましい言葉が流れるように出てくる。

 こいつは気にしないように言ってくれているが、気にするに決まってるだろう。一緒に帰ってる途中に寝てしまうなんて。

 折角、初めて一緒に帰れたというのに。

 ああ、よだれとか垂らしてたりしないよな?


「それじゃあ、帰りましょうか」


 なぜか申し訳なさそうな顔をしてるが、申し訳ないのはこっちだ。上着までかけてくれて、紫苑も起こしてくれればいいものを。

 けど、何かを忘れている気がするんだが──。


「龍宮寺さん」


「ん、なんだ?」


 名前を呼ばれて応えると、天開は不安そうな顔をして私を見ていた。その表情の理由はわからないが、口元だけで表情が分かるくらいには私も、この男のことを見ているらしい。


「いつか、俺の話、聞いてくれますか?」


 随分と抽象的で、その話というのが何を指すのかわからないが、前髪からちらりと覗く紫苑の眼は、真剣だった。

 滅多に見ることのできない紫苑の眼。その真剣な瞳に思わずドキリとしてしまう。

 

 今じゃダメなのか。何の話なのか。気になることはたくさんある。

 けど、いつも自分のことをあまり話してくれないこの男が、自分から話してくれるというのだ。その事実が、今はとても嬉しい。

 なら、私は頷くだけだ。

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