第37話 戦いの終わり
周囲が土煙に覆われる中、耐えきれず膝をつく。
怪物がどうなったのかも、今は確認できない。だが、それは相手も同じことだろう。土煙が晴れるまでは怪物も俺や絵里香たちに手を出せないはずだ。
だから気が緩んだというわけではないが、膝をついてしまった。
「……くっ」
自分の中の魔力が失われたことによる喪失感、両肩にのし掛かる疲労によって、今の一撃でかなりの魔力を消費したことがわかる。
一度の魔法でここまでの魔力を消耗したのは初めてかもしれない。
恐らく、体の中の魔力を殆ど使い切った。
頭がクラクラして、気を抜くとこのまま倒れてしまいそうだ。
それに仮面が口を塞いでいて呼吸がし辛い。目元だけを隠す形にしておけば良かった。
仮面の形も追々考えないとな。次があれば、だが。
今の状況をどうにかしないと、俺に次なんてない。
「ははっ、やっぱり馬鹿だな俺」
絵里香を失いそうになった怒りで、後先考えずに魔法を使ってしまった。
魔法の威力やら軽く実験したりとか、相手の様子を見ながら冷静に戦おうと思っていたのに、後の祭りだ。
自分の間抜けさに嫌気が差すが、今は反省している場合じゃない。
もう、今の攻撃はできない。
一瞬でピンチだが、落ち着くことはできた。後は、俺に出来ることをするだけだ。
本当に僅かだが、魔力も残っている。空を飛んで相手の注意を引けば時間稼ぎぐらいには、なるだろう。
絵里香や魔法少女さんを逃がす。
それだけできれば十分だ。
「よし」
自分の身体を奮いたたせ、立ち上がる。
今までで一番体がだるい。
ベッドにダイブしたらそのまま眠ってしまえそうだ。欲を言うなら、このまま眠ってしまいたい。
だが、俺にはまだやるべきことが残されてる。
身体はまだ動く。
俺が時間を稼いでいる間に、魔法少女さんが絵里香を連れて逃げてくれるはずだ。
彼女たちに絵里香を任せることになるが、俺だってここで死ぬつもりなんてない。彼女たちが逃げたのを確認して俺も逃げる。
上空に逃げればあの怪物も追ってこれないはずだ。如何にも脳みそ筋肉な見た目をしていたし、魔法みたいな飛び攻撃はしてこないと願いたい。
残りかすの魔力でも、空を飛ぶぐらいならしばらくは持つはずだ。
本当に持つ、だろうか。魔力が切れてしまったら、それはそのまま敗北を意味する。怪物や魔族相手に魔法が使えない状態で立ち向かうなんて無謀だ。
いや、弱気になるな。
「ガアアアアアアァァァ!!!」
耳をつんざく怪物の叫び声。
そう、か。
怪物は、俺の魔法じゃ倒し切れなかったか。
その事実が俺に重くのしかかる。
今の叫び声を聞いて、感じていた疲労が倍増した気がする。
どこかで考えていたのだ。土煙が晴れたら、そこには俺の魔法にやられた怪物が倒れているんじゃないかと。そんな展開を期待していたのだ。
だが、そんな甘いことはないみたいだ。
「やるしか、ないか」
覚悟を決め、残り少ない魔力で【妖精魔法】の発動をしようとして──。
刹那、空気が変わった。
辺りを包んでいたピリピリとした緊張感が霧散し、先ほどまで感じていた怪物の気配が綺麗に消えた。
「……は?」
それと同時に体に何かが入り込んでくるような感覚に襲われる。
決して不快な感覚ではない。ついさっきまで失われていた力が漲る。まるでカラカラの喉が潤っていくみたいに。
魔力が、回復しているのだ。
絵里香の部屋で初めて魔法を使ったとき、その疲労感で初めて魔力を知覚した。その感覚に近い。
ただ、この魔力は、妖精を倒して手に入れたものと全くの別物だ。魔力ではあるが、少しばかり毛色が違うらしい。
自分の中に膨大な力を感じる全能感。
微かに気分が高揚する。
「なるほどな」
少しずつ視界が晴れてきたが、相変わらず怪物の様子を確認することはできない。
だが、感覚で理解した。
あの怪物はもう生きていない。
今、俺の能力【強欲】が発動したのだ。
能力の効果は、殺した相手の力を奪う。
「さっきの叫び声は断末魔ってことか」
俺の出した炎は、水の上でも消えずに燃え続ける。恐らく、爆発では倒し切れず、残った炎があの怪物を焼き尽くしたのだろう。
仮面の内側で口角が上がってしまうのを抑えられない。
勝ったんだ。
俺の魔法は、怪物にも通用する。
魔法少女さんでも倒せないような怪物も、倒すことが出来る。
それだけじゃない。
【強欲】によって、怪物の力も吸収することが出来た。
「これなら」
戦える。
【強欲】という能力の性質上、俺は戦えば戦うほどに強くなる。
魔族相手にも負ける気がしない。
「貴様、誰か知らんがこの借りは必ず返す」
土煙も落ち着いて完全に視界が晴れ、ホスト魔族が額に血管を浮かび上がらせながら俺を睨んでいた。
かなりキレているようだ。
下半身が地面に沈んだ間抜けな姿じゃなければ、その迫力にひるんでしまったかもしれない。以前と同じ裂けた空間の中に入る魔法を使っている最中か。
上半身だけで凄まれても気が抜けるだけだ。
威嚇の意味も込めて、回復した魔力で手の上に炎を出す。
というか、倒してしまってもかまわんのだろう?
「そ、それでは失礼する!」
ホスト魔族はそれだけ言い残して、次元の狭間に消えていった。
目にも止まらぬ速さというのはあれのことを言うのだろう。
あの穴は一体どこに繋がってるのかね。好きな場所に出れるなら是非とも使ってみたいものだ。今度実験してみるか。
と、その前に火を消さないとな。
俺の出した青い炎のせいで公園が酷い有様だ。怪物を燃やし尽くした炎が公園の草に燃え移ってしまっている。幸い、桜の木には火の手がいっていないが、早く消さないと時間の問題だろう。
燃え続ける炎に手をかざす。
「消えろ」
俺の言葉に応えるように、公園の緑を燃やしていた炎は一瞬で消えた。
やっぱり炎は危険だな。このままじゃ、いつか周りにも被害が及びそうである。
一言で消せるからいいものの、そうじゃなければただの災害だ。
「つ、強い」
仮面越しに視線を向けると、魔法少女さんとオレンジ魔法少女さんが間抜けに口を開けたまま俺のことを見ていた。
絵里香は座り込んだ魔法少女さんに守られるように抱きしめられながら寝ていた。すやすやだ。
その二人を庇うようにオレンジさんが前にいる。
三人とも、無事みたいだ。
その事実に心から安堵する。
怪物も倒すことができて、魔族の男ももういない。間に合って、守ることが出来て本当に良かった。
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