第36話 ただ怒り
上空から公園の様子を確認する。
近所にある公園の中でも一番大きい公園だ。春には綺麗な桜がたくさん咲くので、小さい頃に家族で花見をしに来た記憶がある。
小さい子供が遊べるような遊具が豊富で、サッカーが出来そうな広い原っぱもあって、今の時間帯なら学校帰りの子供が遊んでてもおかしくないと思うんだが、不思議なことに今は誰もいなかった。
もしかした、先ほどの叫び声を聞いて逃げ出したのかもしれないな。
「グガアアアアアア!!!」
広い公園に響き渡る叫び声をあげながら、怪物はそこにいた。
ピンク色のフリフリ衣装に身を包んだ俺と同い年ぐらいの女の子が杖を持って怪物と戦っている。
どうやら魔法少女さんが俺より先に駆けつけてたみたいだな。
ひょっとしたら魔法少女さんのいる所に怪物が現れるのかもしれないが。卵が先か、鶏が先か。
いや、魔法少女は妖精と常に一緒にいるみたいだし、妖精が魔族に狙われてるのは、俺が身をもって体感した。
答えは明白だろう。
「ん、あの人も魔法少女なのか?」
あの時、俺を助けてくれたピンク色の魔法少女さん、その横にもう1人。オレンジ色のフリフリ衣装を身にまとって戦っている人がいた。
俺の予想していた通り、魔法少女ってのは魔法少女さん一人だけじゃないらしい。
ここからじゃ遠くてどんな人かわからないが、二人で協力して、ゴリラに角が生えたような怪物と戦っている。
見た感じ、2人が仲間なのは間違いない。
今回の怪物、そのまま鬼みたいな見た目だ。
大きさ的には、この前の狼頭の怪物よりも一回りデカい。恐らくあの怪物を呼び出した魔族もどこかにいることだろう。
さて、俺が戦う必要はあるのか。
魔法少女さんに初めて会った時から薄々考えていた。俺が手を出さずとも、彼女はピンク猫と協力して怪物と魔族を退けている。
昨日だって、魔族の女は俺が何かをする前に既にボロボロだった。
魔法少女さんの力は強い。
それに今回は一人じゃない、俺が戦わなくても彼女たちなら何とかしてしまいそうだ。
2人もいれば、負ける可能性はかなり低いんじゃないだろうか。
まあ、万が一がないとは限らんし、このままここで……っ!?
出番はなさそうだが、しばらく様子見をしていようと考えていたところに自分の視界に入った存在に目を疑った。
「えりか?」
な、なんで絵里香がここにいるんだ。
俺が妹を見間違えるわけがない。
魔法少女が二人戦っている、そしてその後ろに制服姿の絵里香がいる。
なんでここに?
家に帰ってるんじゃないのか?
幼馴染ちゃんも一緒じゃないみたいだし、状況がわからない。とにかく……。
「なんで逃げないんだ」
そんな所に立ってたら危ないってわかるだろうに。
てか、本当に大丈夫か?
絵里香が心配で気が気じゃないが、魔法少女さんの方も何やら雲行きが怪しい。
2人がかりで戦っているが、かなり苦戦している。
「あの鬼みたいな怪物、かなり強い」
動きがこの前の狼頭とは全く違う。
「うああああ!!」
「っ!」
怪物の大きな手にオレンジカラーの魔法少女が掴まれた。いよいよ不味い。
かなりの力で握られているのだろう。身動き出来ずに、握り締められ苦痛の声を上げる。
「離しなさい!」
「グガアアアア!」
魔法少女さんが攻撃を仕掛けるが、瞬間的に怪物の筋肉がぼこっと膨れ上がり、逆の手で払い除けられて弾き飛ばされてしまう。
「おい……これ、大丈夫じゃないだろ」
吹き飛ばされた魔法少女さんに、オレンジ色の魔法少女を投げつけた。
「うぐあっ!」
魔法少女さんも受け止めきれずにダメージを受けている。
「う、うう」
2人とも動けなくなって立ち上がれずに膝をついている。軽い気持ちで見てる場合じゃなかった。
このままじゃ、2人が危ない。
ゴリラが追い討ちをかける前に、俺が間に入って助ける!
上空から倒れている二人の元へと向かう。
なんとか、間に合いそうだ。
後の問題は、俺の攻撃があの怪物に効くかどうか。だが、今はそれよりも彼女たちを助けることが先だ。仮に効かなくとも目くらましにはなるはずだ。
「絵里香ちゃん!」
「は?」
2人に追撃をかけると思っていた。
だが、次に怪物が狙ったのは2人じゃなく、絵里香だった。四足歩行でゴリラのように絵里香の元に一直線だ。
「きゃー!」
怪物が拳を握りしめ、長い両腕を振り上げる。
「くそっ!」
一気に飛ぶスピードを上げる。
絵里香を横抱きにして抱え上げ、怪物の攻撃をよける。
本当に間一髪、間に合ったみたいだ。
「っ!? おい、大丈夫か!?」
俺の腕の中で絵里香がぐったりして動かない。怪物か魔族に何かされたのか。
避けきれずに怪物の攻撃が当たってしまったか?
「すぅ……すぅ……」
「はぁっ、よかった」
安心して息が漏れる。
どうやら気絶して眠っているだけらしい。本当に間に合ってよかった。あと少し遅れていたら絵里香が大怪我をしていた。
いや、それだけじゃ済まなかった可能性の方が高い。
「貴様、何者だ。魔法少女、ではなさそうだな」
絵里香を抱き抱える俺に、一度聞いたことのある高圧的な男の声がかけられる。
キザなスーツ姿の銀髪男。
この前、俺が妖精の状態で襲われた魔族で間違い無さそうだ。
一先ず、絵里香を安全な場所まで運ぶ。
「だんまりか、まあいい。邪魔をするなら貴様も魔神様への贄としてやろう」
魔族の声が物凄く耳障りに感じる。
自分の心臓の音がうるさい。
喉がからからに乾いて、いっその事吐きそうだ。
絵里香を抱える手に力が入る。
魔法少女さんを吹き飛ばすほどの力をもった怪物の攻撃がもしも直撃していたら。
俺はどこか、現状を他人事のように考えていた。
それが大きな間違いだった。
あと少しで、俺は絵里香を失う所だったのだ。無性に怒りが湧いてくる。
魔神を降臨するだか意味のわからないことをしようとしているこいつらに。
それよりも、何よりも。
呑気に観戦していた自分に。
怒りが湧いてしょうがない。
俺がもっと早く戦っていれば、絵里香が危険な目にあうこともなかったはずだ。
魔法少女さん達のいる場所に絵里香を寝かせる。突然現れた俺に2人は動けないまま、警戒しているようだ。
俺が来る前も、絵里香を守りながら戦ってくれてたみたいだし、任せても大丈夫だろう。
さて、身を翻して怪物に向き合う。
「火よ」
大量の魔力を右手に送り込みながら【妖精魔法】を発動する。
絵里香を危険な目にあわせた怪物への怒りをこの魔法に込める。
「消し飛べ」
「グガアアアアアアア!!!」
想像以上の速さで火の玉が怪物に飛んでいく。
俺の、今出来る全力の魔力を込めた。
怪物も俺に向かって一直線に駆けてやってくる。
攻撃を邪魔されて怒っているのだろう。
ただ、俺の怒りはお前以上だ。
ドオオオオオオオオン!!!!!!
怪物に着弾した青い炎は、大爆発を起こし辺りに土煙が舞った。
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