第35話 転生した意味
「俺、大丈夫ですかね」
「何がだ?」
「俺って本当に体力ないし、龍宮寺さんのランニングについて行けるかどうか」
「それは問題ない。コースはいつも通りやるつもりだが、ペースはちゃんと合わせる」
それは一安心だが、そこまでしてくれるなんてなんだか申し訳なくなってくるな。さっきのこともあるし、いつかしっかりとお礼をしなければ。
菓子折りでも持ってご挨拶に伺いたいぐらいだ。
まあ、そんなことよりも。
「そういえば、さっきは本当にありがとうございます」
「な、なんのことだ」
菓子折りよりもまず、ちゃんと口でお礼を言ってなかった。ありがとうとゴメンなさいはしっかり口で言わなければ。
「助けに来てくれたんですよね」
「そ、そんなんじゃない」
照れなくても良いだろうに。いや、俺に気を遣わせたくないのかもしれない。
ああ、やっぱり滅茶苦茶いい人だな。
こんな人が何で俺と友達になってくれたんだろうか。
「気にするなって言いたいんでしょうけど、お礼はちゃんとさせてもらいますよ」
さて、そうは言ったもののお礼って何がいいかな。まだ俺から遊びに誘うのもまだだっていうのに。
「あ」
「ど、どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです」
いい事を思いついた。
お礼ってことで遊びに誘って、そこで何か奢ろう。遊びに誘う理由にもなるし、しっかりとお礼もできる。
おお、どっちもできて一石二鳥じゃないか。
俺が誘ってオーケーしてくれるとは限らないっていう問題があるんですけどね。はは。
この人の性格なら、お礼なんて言っても断られそうな気がしなくもない。いや、お礼はしっかりする。
じゃないと女神に怒られてしまう。
まあ、遊びに誘うのもお礼も、そんなに急がなくてもいいか。
誰かに決められたわけじゃなく、俺の意思で遊びに誘いたいんだから。それに、まだ時間は沢山ある。
「細かい日付決めてなかったですけど、いつにします? ランニング」
来週にする、とは言ったが、何曜日にするかまでは決めていない。これを決めないと予定ってなあなあで流れちゃうから決めておかないとな。
彼女は部活があるし、来週まで話せない可能性だってある。
今までは、何でこんなにタイミングが合うんだろって感じに偶然話せてただけだ。
俺が放課後に残ってるときに彼女も残ってたり、登校するとき偶々学校の玄関であったり。本当に偶然の重なりだ。
今のチャンスを逃したらいけない。
決められる内に予定は決めておかねば。
「に、日曜とかでも、大丈夫なのか?」
「全然問題ないですよ。それじゃ来週の日曜日ですね」
日曜日の朝に龍宮寺さんとランニングね。
それなら、土曜日に服も買いに行けて丁度いい。
「ランニングのコースっていつもどこらへん走るんですか?」
「ああ、それなら丁度この公園の……」
「グギャアアアアアアアアアアア!!!」
「っ!!?」
空気が割れるような叫び声が、俺と龍宮寺さんの会話を遮って木霊した。今の声、公園の方からだよな。
「す、すまない紫苑。私は! 」
龍宮寺さんが胸を抑えて急に謝るが、彼女があの声と関係ないのは明白だ。
今の叫び声。
それにこの気配は、魔族の呼び出した怪物だ。
この広い公園に現れたっていうのか。
今の時間帯、小学生が遊んでたっておかしくない。
どうする、一刻も早く怪物の元へ行きたいが、今の俺は一人じゃない。龍宮寺さんもいる。
俺が様子を見に行くと言って、彼女は了承するだろうか。
「いや……紫苑、ここは危険だ。一緒に」
龍宮寺さんごめん。
「……眠ってください」
「し…おん?」
俺の魔法によって意識を手放した龍宮寺さんを抱きとめる。
ずっと疑問に思っていた。
なんであの女神は俺をこの世界に転生させてくれたのか。それも、使い道はないが特別な力までくれた。
良い家族にも恵まれて、今は龍宮寺さんという俺には勿体ない友人もいる。
顔を隠しているにも拘らず、普通に友人として接してくれていた。
恐ろしいまでに整ったこの容姿も、女神がくれたものといえばそうなんだろう。
前世で家族に迷惑をかけ続けた俺がこんなに幸せでいいのか。
魔法の存在しない世界で、身に余る力と幸せを手にした。
俺は行かないといけない。
それが、俺がこの世界に転生した意味だと思うから。
☆
怪物を倒しに行く前に、眠ったままの龍宮寺さんを放ってはいけない。
どうする、安全な場所に連れていってから怪物の元に向かいたいが、俺は彼女の家を知らないしそんな呑気な事を言っている場合じゃない。
一先ず、公園のベンチに座らせて、そのまま魔法で透明化を発動する。
魔法を掛けた俺の目からも彼女が見えなくなった。
俺以外の人間にも、透明化は掛けれるのか不安だったが大丈夫だった。
制服の上着を脱いで、すやすやと眠っている龍宮寺さんにかける。
いっその事、ベンチ全体を透明にしておくか。その方が、間違って人が座ったりしないし安全だろう。
すぐに戻ってくるから、少しの間待っていてほしい。
恐らく、俺が向かう先にあるのは戦いだ。
その為の準備はしてきた。
顔を隠すための仮面を【妖精魔法】で作り出す。
よし、昨日家でやったのと同じように真っ白な仮面が出来た。これがあれば顔全体を隠すことが出来る。
顔を隠すための手段を考えていたとき、真っ先に思い浮かんだのが仮面だ。
お店やネットで普通に買うことも考えたが、それだと常日頃から仮面を持ち歩かないといけない。
怪物や魔族はいつ現れるかわからないからな。
それの解決策が【妖精魔法】だ。
本当に万能だよな。
この作り出した仮面は魔力で出来ているらしく、俺が消そうと思えばすぐに消すことができる。
だが、仮面だけだと問題もある。
第一にそれだと顔しか隠せない。
派手な髪色の人が多いとはいえ、青髪が多いわけじゃない。俺の背丈と髪色でバレてしまう。
次に制服も隠さないといけない。
制服はその人の身分を保証するものだ。
正体を隠したい俺にとって身分を保証されてしまうのは非常に困る。怪物が呑気に着替えているのを待ってくれないだろう。
魔法少女さんの衣装がどんな仕組みで出来てるのかわからないが、顔を隠す道具を作り出すことなら俺にも出来るんじゃないかと思って昨夜、俺の部屋で実験したのだ。
髪色と制服を隠すためのフード付きのコートをイメージする。
そして後は、妖精魔法を発動するだけだ。
出来上がったのは、白い仮面と紺色のコートを身につけた謎の男。よし、これで完全に俺が誰だか分かる人はいないだろう。
これが一晩考えて、実験した成果だ。
大分怪しい恰好にはなってしまったが、これで人の状態でも人目をはばからずに戦える。
魔力も問題ない。
妖精の姿になったときのように魔力が増えているような感覚はないが、人の状態でも一晩眠ると一定の量まではしっかりと回復するらしい。
恐らく、この回復する魔力量の限界が青いクマを【強欲】で吸収したときに手に入れた俺の魔力量なんだろう。
妖精状態との違いは余剰な魔力があるか、だな。
あった方が便利ではあるが、余剰魔力がなくとも妖精魔法は使える。
その分、使える魔法の回数に限りがあったとしても、素の魔力量でも使えるぐらいには燃費の良い魔法だから大した問題ではない。
まあ、魔力の無駄遣いには気を付けるとしよう。
「よし……行くか」
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