第34話 勇気を出した少女
はて、あの黒髪少女は何を考えてるんだ?
大人しそうな顔で平然と嘘をついたかと思えば、そのまま普通に帰って行ったんだが。彼女の行動の一切が俺には理解できん。
「……」
龍宮寺さんも立ち尽くして難しい顔で何か考えてる。
そりゃあ難しい顔にもなるだろう俺もたった今なにが起きたのか分からない。龍宮寺さんが来た途端、逃げるように去ってったからな。
当事者はより分からんだろう。
まあ、変な騒ぎが起こらなくてよかった。
月森さんもすぐに引いてくれたのと、思いのほか龍宮寺さんが素直だったのが功を奏した感じか。
うん、素直すぎたな。現場を見てたなら明らかに嘘だってわかるだろうに。
俺から声かけたわけじゃないからな。
だからといって、月森さんの嘘はわざわざ否定するつもりもない。折角平和な結果に収まったのにそれを掘り返すこともないだろう。
俺にマイナスな嘘でもなかったしな。むしろプラスだ。
俺自ら動いたわけじゃないが、人助けにはなったわけだし嘘であって嘘じゃなかったのかもしれない。
そうだ人助けよ人助け。
うん。
……うん。
うーん、静か。
「……」
「えっと……」
若干気まずい空気が流れているのに耐えられず口を開く。沈黙は金とか言ってられない、人と人は会話してこそだ。
「……」
あ、あれ?
龍宮寺さんがずっと黙ったままなのは何故なんだろうか。さっきまで月森さんとはしっかりと喋ってたよな?
急に何もしゃべらなくなってしまった。
ちらりと表情を窺うと相変わらず難しい顔をして首を捻っている。
「龍宮寺さん?」
「あ、ああ!」
名前を呼ぶと、ハッとしたように返事をしてくれた。
よっぽど考えることに集中してたみたいだな。何を考えてたのか気になるが、今は。
「……取り敢えず、行きますか」
「そ、そうだな」
一刻も早くここを立ち去らなければ。
いつまでもここで二人が突っ立ってたら、それこそ変な噂が立ってしまう。ただでさえ、一緒にいるのが学校でも有名な龍宮寺さんだ。
美少女っていうのはそこにいるだけでも人の目を惹く。
こんな人の多い場所で俺なんかと一緒にいたら、結果的に龍宮寺さんにも迷惑が掛かってしまう。彼女は俺などと違って交友関係も広い。
噂が立った時の被害、影響力は俺とは比べ物にならないだろう。
俺を助けるために駆けつけてくれた彼女にそんな迷惑はかけられない。
カラオケに行くって言ってたやつらもまだ教室にいるだろうが、いつ来るかわからない。
クラスメイトなんて今の状況を一番見られたくない人達だ。
一先ず、校門まで行ってそこで分かれよう。それが一番平和な解決策だ。
龍宮寺さんも流石に俺と一緒に帰るのを誰かに見られるのなんて嫌だろうし。
月森さんのように逃げるのも手ではあるが、俺を助けに来てくれた彼女にそれをするのは流石に恩知らずが過ぎる。
俺はそこまで薄情者じゃない。
「剣道部って、今日は部活なかったんでしたっけ」
「ああ。放課後は会議があるらしくてな」
ほうほう、それで今ここにいるんだな。
その代わりに今日は朝練があったんだっけか。朝にそんなことを彼女が話してたような気がしなくもない。
「それじゃ俺帰りますね。さっきはありがとうございました。このお礼はいつかまたさせてもらいますね」
「そうか……またな」
校舎から校門までの道なんてあっという間だ。
少し会話していたらもう着いてしまった。
しっかりと龍宮寺さんに助けてくれたお礼を言って解散する。彼女にはお世話になってるし、いつか本当に何かお礼をしないといけないな。
この後はどうしようか。いつも通り能力の検証でもしようかな。
また魔族に遭遇しそうだが、怖いなんて言ってられない。そいつらと戦うために俺も準備してるんだからな。
正直、世界が滅ぶなんてまだ実感はわかないが、俺に出来ることがあるなら、やらずにはいられないだろう。
今日は変なことに龍宮寺さんを巻き込んじゃったな。それもこれも、月森さんの所為だ。
まあ、絡まれてたら助けてって龍宮寺さんにお願いしたのは俺なんだけどさ。
「紫苑!」
焦ったような声に名前を呼ばれて振り返ると、真っ赤な顔を伏せがちに俺の服の裾を掴む同じクラスの美少女がいた。
「と、途中まで、一緒に帰らないか」
いきなりそんな頼み方をされたら、
「……は、はい。それは、もちろん」
そう頷く以外の選択肢なんて俺にあるわけがなかった。
え、ええっと?
何がどうなってこんな事になってるんだ?
混乱した状態で龍宮寺さんと二人で並んで歩く。
うん、今の俺急なことにかなり混乱してる。彼女とは高校一年のときから知り合い、友人だが、一緒に帰るのは流石に初めてだ。
龍宮寺さんには部活があって、帰宅部の俺とじゃ帰る時間が違うってのもあるが、彼女には俺以外にも一緒に帰る相手がたくさんいる。
友達が多いのだ。
そうなると、俺と帰る機会なんてそうそうない。
え?
じゃあ、今なんで一緒に帰ってるんだ?
なんだか異様に恥ずかしいというか、気まずさが先ほどまでの比じゃない。なぜだ。二人で話すぐらい今まで学校で何度もあったのに。
龍宮寺さんもまた喋らなくなってしまったし。
ふう、落ち着くんだ俺。
そうだよ、二人で話すなんて今までも何度かあったじゃないか。ここはあれだろう、何か俺から気の利いた話題を振らなければ。
「龍宮寺さん」
「な、なんだ!」
俺が声を掛けると、横を歩く彼女の肩がビクッと跳ねた。
落ち着いて龍宮寺さんを見ると、どうやら彼女も俺と二人きりという状況に少しは緊張しているらしい。緊張してるのは俺だけじゃないんだな。
そう思うと、少し落ち着けてきた。
「ランニングって、何か必要な物とかありますか?」
話題ならたくさんある。
俺と龍宮寺さん、友達とはいえ話していないことの方が多いのだから。
「そ、そうだな。動きやすい服装なら問題ない。強いて言うなら、汗拭き用のタオルがあればいい」
「動きやすい服装ですか」
俺、動きやすい服なんてあったっけ。
これまで運動なんて殆どしてこなかったからな。あったとしても、学校の体育の授業くらいだ。
だから、学校指定のジャージしか運動できそうな服は持ってないような気がするんだが、ランニングの日までに買っておくか。
これからのためにジャージは必要だし、ランニングは龍宮寺さんとの1日だけで終わらせるつもりもない。
その後も1人で続けるつもりだ。
それに、幾ら病気にならないといえども、運動はしといた方がいいだろう。太ってはいないが、お腹はぷよぷよなのだ。健康には変わりなんだけどさ。
体力もほしいし、欲を言えばシックスパック。
けど、いきなり運動部エースの彼女とランニングして帰宅部代表の俺がついていけるんだろうか。
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