第33話 学校での生活

 俺という人間は頭が良いほうではない。

 もっと言ってしまえば、俺は馬鹿だ。もう嫌というほど常々思っている。


「おはよー凛」


「あっ、おはよー!」


 どんなに勉強ができるようになったって、それは前世から変わらない。そもそも、勉強が出来るかどうかと、頭が良いかはイコールではない俺は思う。

 勉強が出来ようと、馬鹿は馬鹿なのだ。


「おはよう2人とも」


 馬鹿は死んでも治らないというのは本当らしい。身をもって体験した。


 俺は根本的に生き方が下手なのだ。

 何をするにも感情を優先する馬鹿。

 そうでなければ、前世でニートになんてならないし、妹の部屋に現れた謎生物をいきなり踏み潰したりしないし、前日に自分を襲った奴の仲間らしき女を助けたりしない。


「朝練お疲れさまー」


 そうでなければ、俺を助けてくれた魔法少女さんの敵であろう存在を助けたりしない。


 完全に自己嫌悪だ。朝から本を読んでる場合じゃないよ。しばらく机に突っ伏して起き上がれそうにない。


 魔族は、世界を滅ぼそうとしている悪い奴だって事は散々身をもって知ったばかりだ。

 昨日だって、俺があと少し人間に戻るのが遅かったら問答無用で襲われていた可能性の方が高い。


「剣道部って大変だね」


 いや俺は悪くない。

 悪くないったら悪くない。絶対にない。


 自分を励ましつつ顔を上げて本をまた開く。


 誰だって、目の前に傷付いた女の子がいたら助けるだろう。あまつさえ血を流して倒れたんだぞ。

 それを放置、追い打ちできる人がいるなら会ってみたいね。俺はその人を軽蔑するよ。


「慣れればそうでもないよ」


 だから、怪我をしていた彼女に魔法を使ったのだってしょうがない。


 人前では魔法を使えることは今でも秘密だし、相手が魔族の女じゃなければ目の前で魔法を使ったりもしなかっただろう。


 魔法を隠してる場合じゃなかったし、立っていられないぐらい疲弊した彼女を前に保身を優先するほど俺も薄情ではない。

 彼女は俺に妖精の力があることを感じていたらしいし、変に隠す必要もなかった。


「それに今日みたいに放課後の部活がない日だけだからね」


 問題は、昨日の俺が顔を隠していなかったことだ。


 こんな重要なことに家に帰ってから気付いた。魔族や怪物と対面するときは顔を隠す予定だったんだが……。


 いや、顔を隠す手段について家でしっかりと考えてきたし、次から隠せば問題ないな。うん。


「私だったらそれでも絶対むりー」


 冷静に考えれば、一度眠らせてから彼女の傷を治せば俺の顔を覚えられずに済んだと思わなくもないが、後の祭りだ。

 やってしまったことはしょうがない。


「テニス部も大会が近づいたら朝練がなかったっけ」


 悪いのは、あそこで彼女に出会ってしまったことだ。

 まだ俺の正体を隠す方法について考える前だったし、あまりにも突然すぎた。


「そ、そうだっけ」


 俺は運が悪いのかもしれない。この世界に転生してから初めてそう思い始めた。

 2日連続で魔族に遭遇するなんてあっていいわけがない、逆に奇跡だ。

 だから俺が悪いんじゃない。

 魔族なんてものが存在していることを知ったのもつい最近。青いクマが絵里香の部屋に現れるまで、この世界にはそういうファンタジーの類は存在していないと思っていたのに。

 魔法のある世界だっていうのは嘘で、俺は女神に騙されたと思っていたんだ。


「高校2年生が何言ってんのよ」


 だというのに、銀髪のホストに襲われてすぐ次の日にまた魔族に遭遇してしまった。

 運だなんだのことは忘れるにしても、冷静に考えるとやはり急に頻度が高すぎる。本当に偶然の可能性もあるには、ある。


「うわあああ、やめてやるー!」


 けど、その線はだいぶ薄い。


 突然の遭遇、それも二日連続。

 そうなると流石に何か原因があるわけで、思い当たる節はしっかりとあった。まだ確証はないが、魔族が現れるのは俺が妖精に【変身】してから。


 昨日だってそうだ。

 態々、人が来ないように森の奥深くまで行ったというのに、彼女はやってきた。俺という目印が無ければピンポイントに俺のいる場所には辿り着けない。


 記憶が確かなら銀髪ホストに襲われた時、面白い気配を感じてきた、とかどうのと言っていた。

 妖精の存在を知覚する手段はあるはず。


「そんなこと言ってないで朝起きなさい」


「あ、はは」


 偶然だと言うなら、それこそ運が悪い、神様に嫌われていると言う他にない。


 いやそんな事ないはずだ。

 あれだけ手厚くサポートをしてくれた女神が俺を嫌ってるわけがない。

 ありえないね。

 きっと嫌われてない。多分。


 まじめに考えても、妖精を探す術を奴らが持っていると考えた方がいいだろう。


「そろそろ先生来るよ」


「授業が始まっちゃうよおおお」


 昨日は、魔族の女の子を助けるために魔力をかなり消費したから、妖精になって魔力を回復しようと思っていたんだが、やめた。

 魔族が襲いに来る可能性があるのに家で妖精になる度胸は俺にはない。その分、魔力が切れるまで別の実験は捗ったので良しとしよう。


 読んでいた本を閉じて、教室の前にある時計で時間を確認する。そろそろホームルームが始まる時間だな。

 一時間目ってなんだっけ。


 俺としては、体育以外なら何でもいい。

 体を動かすことはすきなんだけど、何をやるにしても顔が見えそうになっちゃうからな。その所為で激しく体を動かせないから本気で楽しめないのだ。


 今度、絵里香と二人で近所の体育館借りてバスケでもしようかな。

 前世、バスケ部ベンチの力で絵里香を驚かせるのも面白いかもしれない。

 兄さん凄い、という声が今から聞こえてくる。

 絵里香は俺が運動が出来ないと思っている節があるからな。さぞや良いリアクションをしてくれるだろう。


「おはよ、紫苑くん」


「……おはようございます」


 楽しい妄想を中断して、今日も来やがったかと警戒しながら挨拶を返す。いやまあ隣の席なんだからそりゃあ来るけど。


 月森さん、挨拶はしっかりしてくれるんだよな。

 今日は変なこと聞いてこないみたいだし、普通にしてくれるなら俺としても言うことなしだ。


 因みに席替えはいつでもウェルカムです。

 高校2年生になって初めて隣の席になった月森さん。初日のインパクトが強すぎて苦手な印象しかない。


 月森さんは初日のことなんてなかったかのように普通に接してくるが、それが普通なのだろうか。俺が小さいことを気にし過ぎているだけなのか?

 器の大きさ的な何かで負けた気がする。


「皆さんおはようございます、ホームルーム始めますよー」




 授業は楽しい。

 前世で一度習っているとはいえ、忘れていることの方が多いから授業は比較的真剣に受けているんだが、先生の話を聞いているとスラスラと頭に入ってくるのだ。


 分からないものが分かるようになる、解けなかった問題が解けるようになる、絵里香に勉強を教えてあげられる。

 学ぶ楽しさってあるんだな。死ぬ前に知りたかった。


 前世では授業をまともに聞いていなかったからこの楽しさに気付かなかったのかもしれない。

 先生の話を聞いても、楽しくなるどころか睡魔に襲われてた。誰かにやらされる勉強と自分からやる勉強は全く違うのだ。


 それでも偶に眠い授業ってあるけどな。けど今日はかなり集中できたぞ。

 2年生になってから、集中力が上がった気がするな。これが愛の力か。


「ねえ雪ちゃんもカラオケ行かない?」


 当然、このクラスにもコミュ強は存在する。俺のようなコミュ障ばかりではないのだ。


 通称ウェーイ系男子。毎日のようにカラオケに行っている集団の一人だ。真っ赤な髪色のチャラ男。


 ……一ノ瀬くんか。

 クラスメイトの名前なんて殆ど覚えないが、彼は違う。彼は小学校のときから同じ学校だった数少ない人の一人、そして俺の幼少期の素顔を知っている要注意人物でもある。


 けど、敵意を向けたりはしない。俺が今の生活をできているのは俺の努力もあるが、半分以上は彼のお陰だと思っているからだ。


「雪ちゃんがいたらもっと楽しいと思うんだよね」


 何を隠そう、彼はイケメンなのだ。

 一ノ瀬くんは小学生のとき、女の子みたいに可愛かったのに成長するにつれてどんどんとイケメンになっていった。

 元から顔が整っていたし、磨きがかかったって感じかな。

 あまり目立つ方じゃなかったのにチャラ男になってしまったのは謎だが。

 俺が今の生活に落ち着くことが出来たのはこの一ノ瀬くんがいたからだと言っても過言ではない。


 なぜなら、彼という存在のお陰で、小学校1、2年のときに顔が整ってた奴の存在なんてものは皆の記憶から綺麗さっぱり消えてしまった。

 言い方は悪いが、ヘイトを彼が稼いでいる間に俺は裏に引っ込むことが出来た感じだな。

 小学校以来話していないが、勝手に感謝している。


 会話の内容からして月森さんをカラオケに誘っているようだ。当然、俺は誘われていない。


 俺は今日も今日とて、妹を待っている。

 妹がまだ帰っていないのに俺が先に帰るなんてもってのほかだ。一緒に帰れる可能性を自ら潰すほど俺は愚かではない。


「雪ちゃんもどう?」


「ごめんなさい、今日は」


 ……今日は3人か。

 ここからじゃ顔は見えないが、男子ではなさそうだな。絵里香と幼馴染ちゃんと、もう一人は知らない子だ。

 正直、昨日みたいなことが起きるのなら、俺も一緒に帰りたいが絵里香の交友関係を邪魔するわけにはいかない。今日のところは幼馴染ちゃんに任せるとしよう。


「紫苑くんと一緒に帰る約束してて」


「は?」


 いきなり横から名前を呼ばれて変な声が出たじゃないか。いや、そんなことよりもこいつ今なんて言った?


「え、こいつと?」


 一ノ瀬くんも驚いているが俺の方がもっと驚いてる。帰る約束なんてしてないですけど……。


「それじゃ帰ろうか紫苑くん」


「え?」


 よいしょ、とバックを肩にかける月森さん。

え、帰らないよ?

 誰が好き好んで自分の手を握りつぶそうとした危険人物を一緒に帰ろうと思うんだ。


「ん?」


「……分かりました」


 こわ!

 弱いお兄ちゃんでごめんよ。



 はあ、面倒なことになったな。

 新学期早々にクラスの中心にいる一ノ瀬くんにこんな嘘をついたんだ。明日からしばらく俺と月森さんのことが噂になるかもしれない。


「ごめんね紫苑くん! 何回も誘われて断りづらくて」


「別にいいですけど」


 朝と性格変わってない?

 手を合わせて平謝りされると調子が狂うんですけど。


「校門までで大丈夫だから!」


 もしかして二重人格?

 それぐらい普通に話してる分にはいい人なんだよな。朝限定で狐か悪いお化けにでも取り憑かれてるんじゃないか? エクソシスト呼んだ方がいいかね?


 まあ俺も、人助けをするのはやぶさかではない。いつまでも細かいことを引きずっているような小さい男ではないのだ。


 あと少しで校門だし、すぐ解放されるし。

 明日からのことが少し怖いが、空気に徹していればすぐにみんな忘れてくれるだろう。


「少しいいか?」


 背後から掛けられた声に振り向くと、仁王立ちしたポニーテールの美少女が俺たち、特に月森さんを見ていた。

 え、龍宮寺さん?

 放課後とはいえ、まだ人も多いのにどうしたんだ。俺の知っているいつもの龍宮寺さんと大分雰囲気が違う。どこか硬いというか。


「無理やり人を巻き込むのは感心しない」


 もしかして俺のことを助けに来てくれたのか?

 恐らく、俺が月森さんと一ノ瀬くんの会話に巻き込まれている現場を見ていたんだろう。

 それで颯爽と助けに来てくれたわけか。いい人過ぎないか、すきになるぞ?


 月森さんも、いきなり龍宮寺さんが現れたことでかなり驚いてるみたいだ。彼女からすれば意味が分からないだろうからな。

 やはり持つべきものは頼りになる龍宮寺さんだ。


「誤解ですよ! 無理矢理じゃありません」


「ん? どういうことだ?」


 月森さんの言葉に雰囲気がいつもの龍宮寺さんに戻り、首を傾げて俺を見る。それに対して、月森さんが口を開く。

 いや普通に無理矢理ですが?


「私が困っているところを紫苑くんが助けてくれたんです」


「そ、そうだったのか」


 龍宮寺さん騙されないで!

 この人嘘ついてるから!


「はい、それじゃあ私は帰りますね」


 面倒なことになると思ったのか、校門の前に俺と龍宮寺さんの二人を残して月森さんは足早に帰っていった。

 え、ええええ?

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