第32話 治癒魔法

 あー、やっぱり顔を隠す方法は別で探さないとダメか。

 今後の生活を考えても、俺の正体を隠すのは必須だと思うし、妖精の姿で戦えるのが一番ベストだとおもったんだが、そう簡単にはいかないらしい。


 ヒツジくんモードなら正体を隠すって点においてはこれ以上ないぐらい完璧だ。けど、やっぱり魔族や怪物との戦いにおいて攻撃が出来ないってのはデカすぎる。

 そもそも戦いにすらならない。

 現に一度死にかけたしな。

 殴られても殴り返せないなんて生物の道理に反してる。そんなものはサンドバッグと変わらん。俺はサンドバッグになるつもりなんてない。


 これさえなければ、妖精族ってかなり強いと思うんだけどな。

 妖精族も何で祝福なんて言って素直に受け入れてるんだろうか。

 自分で戦えるなら何も知らない女の子を魔法少女にして戦ってもらう必要もなくなるはずだ。


 軽く発動しただけの魔法であれだけの破壊力、もっと魔力を込めれば更に威力が上がりそうだし、それに加えて一番大きいのは魔力が常時回復し続けるからその魔法が打ち放題。

 体が小さいから肉弾戦は無理にしても、それを補って余りある魔法と魔力だ。

 現代兵器が相手でも無双するんじゃなかろうか。


 ……恐ろしい戦闘民族が誕生してしまった。

 うん、女神は正しい選択をしたのかもしれない。


 まあ、それはそれにしても何で俺まで変身しただけで女神の呪いとかいうデバフを背負わにゃいかんのかね。

 その分、この身体の恩恵も受けてるからなんとも言えないが。


 この姿についても、【変身】についてもまだ分からないことが多すぎる。


 前回【変身】した時は、ホストに襲われてこの能力をあまり検証することが出来なかったし、少し情報を整理するか。


「魔力が回復するのは確か、だな」


 ナンパ男3人を眠らせたり、透明になって空を飛んだりしてここに来るまでに消費した魔力がこの短時間でほぼ全快しつつあった。

 眼には見えないが、自分の周りに存在する魔力がお腹の妖精石を通して入ってくる感覚がある。


 ピンク猫の言っていたことから考えるに、周囲の魔力を吸収できるのが妖精石、妖精族の特性なのだろう。

 ゲーム風に言うと、MP自動回復って感じか。


「妖精族にこんな能力があるなら何で、【強欲】で手に入れた能力の中に入ってないんだ?」


 本当に謎だ。

 もしそれが出来ていたら、人の状態でも魔力が際限なく使えたのに。無い物ねだりしても仕方ないが、魔力無双とかしたかった。


「能力を得られる基準がわからん」


 前例が少な過ぎる。

 この世界に転生してから今まで生きてきたのに【強欲】が発動したのは、青クマだけだったからな。

 その青クマだけじゃ、判断が出来ない。


 いつかピンク猫にもう一度会ったら、妖精族のことを魔法少女さんに内緒で聴いてみるか。

 妖精について詳しく知れば、分かることも多いはずだ。


 【強欲】に関しては、もう知りようがないから殆ど諦めてる。女神に会えたら聞けるんだろうが、俺はまだ死ぬつもりなんてない。


 そういえば、昨日結局スマホに能力をメモしてないんだよな。今の内にやっておくか。

 絵里香への謝罪に忙しくてそれどころではなかったのだ。許してもらえて本当に良かった。もしも嫌われたりなんてしたら生きていけない。


「あ、スマホってか俺の服も消えてるんだった」


 妖精になると、衣服も一緒に変身してしまうらしい。

 【変身】する度に全裸になっても困るから有難くはあるが、ポケットに入れてた物とか身につけてた物って一体どこに消えてるんだろうか。

 この家の掃除に使われそうなモコモコに服が変化したのかね? 埃を綺麗に絡めとりそうだ。


 とりあえず【変身】解除するか。

 妖精のままじゃ出来ることが少なすぎるし、魔法の実験もしたいしな。まだ時間はあるし、能力の検証は続けたい。


 全身を青い煙に覆われて、気付くと視点が高くなっている。無事に俺の体に戻れたみたいだ。

 妖精になるときと人間に戻るとき、感覚としてはチャンネルを切り替えるような感じだな。

 【妖精魔法】で透明になったときとは違って、妖精になっている間は、魔力を消費したりしない。

 俺の体がもう1つ増えたみたいな感覚。


「けど、しっくり来るのは断然こっちだ」


 実家のような安心感。例えるならヒツジくんモードは一人暮らしの寮生活みたいなもんだな。

 一人暮らしも寮生活もしたことないけど。

 目にかかる前髪をかきあげながら、ポケットの中からスマホを取り出す。

 昨日纏めておこうと思っていた能力について素早くスマホのメモ機能に書き込んで、【妖精魔法】の実験に頭をシフトする。


「火は……問題なく出せるな」


 右手から青い炎を出して、無事に魔法が使えることを確認できた。森の中で火なんて放ったら山火事になりそうだから消さないとな。


 そう思いながらも、手の上で燃えている火の玉をクルクル回して遊ぶ。将来、金に困ったらマジシャンになって生計を立てていけそうだな。


 自分の至近距離で炎が燃えているのに熱さを感じないのが不思議だ。魔法を出している右手も熱くない。


 妖精魔法で出した火は、俺の知っている火と違うのかもしれないな。凶悪性は普通の炎の何倍もあると思うが。

 水で消火できないって何事だよ。


 今日の目標は、火を出す以外に魔法で使い勝手が良さそうなのを探すことにしよう。

 顔を隠す手段も考えないといけないが、それはまた後でだな。折角、広々と魔法の実験が出来る場所に来たんだから考え事なんてしてる場合じゃない。


 魔法、雷とか出せたらかっこいいけど、結局火事にはなりそうなんだよな。

 炎みたいにコントロールとか出来なそうだし。

 火事とかの心配がないと言えば水の魔法とか便利そうだが、果たして攻撃に使えるのかどうか。

 水を凍らせて氷の魔法とかは強そうだな。


 魔法、魔法使い。

 絵里香が小さいときに読み聞かせていた絵本を思い出す。1人の魔法使いが世界を救う物語。

 前世の世界との相違点の1つ。俺の知る限り、前世じゃあんな絵本なかった気がするんだよな。

 この世界特有の絵本だ。それだけに印象に残っている。


 あの魔法使いはどんなことしてたっけ。傷ついた人を魔法で治していたり、炎を出したり……。


 子供向けの絵本だったからな、そこまで細かく魔法については触れられてなかったんだよな。

 傷を治す魔法は使えたらかなり便利そうだが、実験ができない。

 最後の手段としては、自分で傷を負ってそれを治す、ってのがあるが、猟奇的すぎる気がするので極力遠慮したい。

 いや、絶対にやりたくない。


「けど、いざというときに使えたら便利だよな」


 いつか必要なときが来てから困っても仕方ない。

 絵里香が包丁で手を切って涙を流してからじゃ遅いのだ。


「うーん、やるしかないのか?」


 自傷行為。

 まず俺の魔法って、俺に攻撃出来るのだろうか。

 こんな至近距離で燃えてるのに熱を感じないんだから、発動してる俺には効かないのかもな。

 今後、自分に向けて撃つことなんてないだろうし、試してみるのも悪くないが、もしも治癒魔法が出来なかったら、重傷患者が生まれておしまい。

 あの爆発を自分が受けたらと思うと、冷や汗が出そうだ。


 それは一先ずやめておくとして、何しようかな。

 【妖精魔法】なら何でも出来そうだし悩む。

 順当に水を出せるか試してみるか。やっぱり火の次は水だろう。


「……あれ?」


「っ!?」


 突然、背後に現れた気配に慌てて火の玉を消して顔を向ける。


「あなた、不思議」


 病的までに白い肌をした女の人が真っ赤な瞳で俺の事を観察していた。

 現れる直前まで気配が全くしなかった。

 この感じ、覚えがあるぞ。


「人、なのに、妖精の魔力がする」


 この女の人、妖精のことを知っている。

 それに今妖精の魔力って言ったよな。


「あなた、人? 妖精?」


 どこか剣呑な雰囲気で俺に問いかけてくる。返答を間違えば、恐らく戦闘になるだろう。

 なんて答えるのが正解なんだ。

 例え戦闘になったとして、俺はこの人に勝てるのか?


「俺は……っ!」


 答えを迷っていると、不意に目の前の女の人が倒れた。


「くっ」


「怪我してるじゃないか!」


 恐る恐る近づくと、彼女の体が傷だらけなことに気付いた。

 真っ白なワンピースに赤い模様、ではなく体の至る所からから血が流れだしている。

 この怪我、かなり深いぞ。

 よく今まで平然としていられたな。


「何を、している?」


「まだ出来るかわからないから、期待はしないでくれ」


 【妖精魔法】を発動する。そして、彼女の怪我が治ることをイメージしながら魔力をこめる。

 怪我をしているところに手をかざして、念じた。

 ぐっ、かなり魔力を消費するみたいだ。


 お腹にある傷が一番大きい。

 まずはそこから治さないと。


 淡い光が俺の右手から発生して、彼女の傷口を包み込む。ちゃんと治っているのか?

 わからないが、魔力はどんどん消費されていく。


 目を瞑って大人しく俺の魔法を受けているのを見る限り、少なくとも戦う意思はないみたいだが、多分この人は。

 魔法を使いながら彼女に話しかけてみる。


「俺が、妖精だったらどうしたんだ?」


「殺してた。けど、あなたは、殺さない」


「そう、か」


 この女の人、魔族だ。

 彼女のこの怪我も、熊に襲われたってわけじゃないよな。

 恐らく、魔法少女さんかそれ以外の魔法少女と戦闘になったんだろう。よく見ると、白銀の髪も土で汚れていた。


 俺の手から出ていた淡い光が収まっていく。

 無事に彼女の怪我を治せたみたいだ。もう血も出ていない。


「ふう、治せてよかった」


「……?」


 怪我だらけの女の子に何もしないで放置なんて目覚めが悪いからな。お腹の怪我の次は、肩と脚の怪我も治療しよう。

 魔族が全員怪我の治りが早いというわけじゃないらしい。昨日のナルシストが特別か。

 俺の魔力持つかな。家に帰ったら妖精になって魔力を回復しよう。

 人のままでも魔力は回復すると思うが、そっちの方が圧倒的に早い。


 そのまま治療を続ける俺を彼女は何も言わずにじっと見ていたが、少しして口を開いた。


「一緒に、来ない?」


 吹き出しそうになった。

 一体どこに連れていくっていうんだ。

 さっきまでの剣呑な雰囲気はなりを潜め、何を考えているのかわからない赤い瞳で俺のことを見ている。本当に魔族、だよな?


「えっとー、悪いけどそれは出来ない。俺には帰らないと行けない場所があるし」


「そう」


 特に気を落とした様子もない。何を考えてるんだ?


「私は、行く」


「そうか」


 彼女がここに来たのは、十中八九俺がここにいたからだろう。戦いにならないでよかった。

 どこから来たのかわからないが、傷の治った彼女は森の中に消えていった。


「俺も帰るか」


 彼女の怪我、治してよかったのかな。本当に魔族なら、いつか戦うことになるかもしれない。

 今日の俺の行動は、敵に塩を送ったみたいなものだ。けど、どっちにしろ放っておけなかった。


「昨日のホストも今日の彼女も、どうやって俺の場所を調べてるんだ?」


 共通点といば、妖精になってたことか。今日は違うが、直前までは今日も妖精になっていた。

 もしもそれが原因なら、家で妖精にはなれないな。何か改善策を考えないといけない。

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