第31話 暴力系幼馴染
空中からゆっくりと絵里香たちに近づく。
当然だが、頭上にいる俺には誰1人として気付かない。
俺の経験上、思春期の女の子に対してあまりに干渉しすぎると煙たがられてしまう。だからと言って、純真無垢な天使を狼どもの群れに放置することなんてできない。
結局、口を出し過ぎて嫌われるのが、世の天使を見守る人たちの宿命だ。
だが!
今の俺は透明だ。
気付かれることなく絵里香を守ることが出来る。そして、強行手段に出ることも可能だ。それだけの力が今の俺にはあるからな!
はいはい、どうもそこの天使のお兄ちゃんですよー。
その子と話したかったらお兄ちゃん通してもらってもいいですか?
「なあ、ちょっとぐらいいいだろ?」
「だから無理って言ってるじゃないですか!」
ん?
透明な状態で男どもにオラオラガンつけていたんだが、会話の内容が思っていた物と違う。
親しく話しているというより、言い争っている感じに見えるんだが。
様子がおかしい。
橙色の髪をしたボーイッシュな美少女が、絵里香を守るように男たちに立ち向かっている。
幼馴染ちゃんだ。
「俺たちと楽しいことしようぜ?」
ああ、絡まれてるのね。
どうやら3人の男は、絵里香の友達ではなくただのナンパらしい。絵里香と幼馴染ちゃんは、必死に断っているのに男たちが粘っているようだ。
それなら透明化を解除して堂々と止めに入っても良さそうだが、丁度いいから魔法の実験に使わせてもらおう。
2人とも乗り気じゃなさそうだから、心置き無く助けることができるし。
男どもよ。それなりの覚悟があって絵里香に近づいてるんだろうな。
制服からして、多分どっかの高校生か。まだ若いんだからナンパとかしてないで健全なお付き合いをしなさいよ。
高校生と付き合えるのなんて今のうちだぞ?
「何度誘われても、無理な物は無理です!」
ん、そんなこと言ったら絵里香達は中学生か……。
まあいいや、どっちにしろ嫌がる相手に無理やり迫るのは相手が絵里香じゃなくても見過ごせないし。
ここで断られて素直に引くなら見逃してやらんこともない。
「まあまあ、そんなこと言わないでさ」
さて、どうしたもんか。
今俺が使えそうな魔法って、燃やすか眠らせるかのどちらかなんだよな。燃やすのは威力が高過ぎるから却下だ。
流石の俺も、絵里香と話したぐらいで燃やすほどの鬼畜じゃない。絵里香ほどの天使がいたら声を掛けたくなってしまう気持ちもわかるしな。
まあ、それを行動に移したことがお前らの過ちだ。
罰は受けてもらおうじゃないか。
となると、眠らせるしかないか。俺に火を出す以外の攻撃魔法がまだ無いことに感謝するんだな。
絵里香に声を掛けたことを後悔しながらスヤスヤ眠るといい。
大丈夫だよ、絵里香。
俺がすぐにこいつらを黙らせてあげ……え?
「ほら行こうぜ──うがぁっ」
魔法を使おうとして、目の前の光景に驚いて手が止まる。
幼馴染ちゃんの肩に手を置こうとした男が、吹き飛ばされたのだ。
彼女の突然の殴りによって。
今、男の体がくの字に曲がってたぞ……。
ただ殴っただけじゃ、ああはならないだろう。殴られた男はお腹抑えてうずくまって悶絶している。
「ぐ、てめぇ」
強過ぎない?
女子中学生が大の男の腹を殴ってあそこまでの威力が出るもんなのか? それに、今微かに感じた気配。
「ふぅ、まだやります?」
「俺たちが優しくしてるからって調子に乗りやがって!」
「少し痛い目に合わせてやるか」
殴られた男が幼馴染ちゃんに飛びかかる。それと同時に他の2人もかかって行く、絵里香の方に。
大人しそうな絵里香を人質にでもするつもりか?
それは流石に──。
「眠れ」
見過ごせないぞ。
強い疲労感と共に魔法が発動した。幼馴染ちゃんに背後から襲いかかろうとしていた男が顔面からグシャリと倒れる。
「きゃっ!」
幼馴染ちゃんの可愛らしい悲鳴があがる。
ピクリとも動かない、しっかりと眠っているようだ。
ふぅ、3人同時に眠らせたからってのもあるだろうが、透明になりながらの魔法はかなりの魔力を使うみたいだな。
疲労感が普通に魔法を使ったときの比にならない。
魔法の併用ってのは、普通に魔法を使うよりも魔力の消費が多いようだ。
飛びながら透明になるのも、結構魔力使うしな。
「……え?」
急に倒れた男たちに絵里香たちが驚いている。
この男、心配になる倒れ方したけど大丈夫かな?
いやいや、俺の天使に手を出そうとした天罰だ。
絵里香が周囲をキョロキョロ見回している。まあどこかに狙撃手でもいたのかって感じだからな。
「……兄さん?」
「っ!?」
虚空を見つめる絵里香が呟いた。
もしかして、さっきの俺の声が聞こえてたのか?
不味い。
声を出して魔法を発動したのは失敗だったか。今の俺って透明になってるだけで姿は隠せても、音や声は隠すことが出来ないからな。
「え、紫苑お兄さんがどうかしたの?」
「いや、わかんない……。そんなことより、大丈夫だった!? 怪我とかしてない?」
「えへへ、大丈夫だよ。それより早く帰ろ! 何でかわかんないけど、眠ってるし今のうち帰らないと! この人たちが起きちゃう」
「それもそうだけど、あんまり無茶しないでね」
仲良く話しながら家に帰っていった。
「ほっ」
幼馴染ちゃんが気を逸らしてくれて助かった。
てか、幼馴染ちゃんは急に眠ったことに疑問を抱かなかったんだろうか。
☆
空を飛んで山までやってきた。
少し寄り道はしてしまったが、まだ時間はあるし実験しよう。鬱蒼とした森の中、ここなら誰にもバレる心配はない。
熊とか猪が出ても眠らせれば問題なしだ。
「そんで俺の問題は今日わかったな」
透明になったまま戦うのは厳しいってことがな。
人間相手なら問題ないだろうけど、魔法少女さんが戦っていた怪物とかが相手となると、魔力がもたない気がする。
自分にどれぐらいの魔力があるのか分からないが、妖精の状態だと常に周囲の魔力が集まってくるから魔力の心配をしないで済む。
だが、攻撃を出来ないから戦闘じゃ意味が無い。
魔力が集まってるっていうのもまだ確証がある訳じゃない。
どんな仕組みなのかもわからないしな。
人間の状態だと攻撃魔法は出来ても、魔力に限りがある。
透明のまま戦えたら、俺が天開紫苑だってバレずに済むと思ったんだけどな。そればっかりはどうしようも無い。
俺の正体を隠す手段が必要だ。
魔族や怪物と戦うときだけ、顔を隠せたらいいんだが。
もう一度、妖精になって実験するか。
「変身」
無駄なポーズはとらん。
もくもくと青い煙が立ち上り、俺の体が覆われていく。
「うん、問題ないな」
煙が晴れると、昨日と同じヒツジのぬいぐるみのような妖精が拳を突き上げて謎のポーズをしている。俺だ。
魔法少女さんに抱き締められた思い出の姿だ。これからはヒツジくんモードと呼ぼう。
一先ずはこの姿で攻撃できるか、再確認だな。
昨日は色々と慌ていたし、そのせいで発動しなかった可能性もなきにしもあらず。この姿で攻撃が出来れば、全ての問題は解決したも同然だしな。
試すだけの価値はある。俺は自分の可能性を信じたい!
「火よ!」
……。
「ふぅ」
まあ、分かってたけどな。
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