第30話 お兄ちゃん過激派
1人でお風呂に入るようになったのはいつからだろうか。
中身が大人の俺なら身体的に幼稚園児ぐらいの時期には、1人で入ることが出来たが、周りはそれを許してはくれない。
まあ、普通に危ないしな。
家族、親としては小さな子供を1人でお風呂に入らせるわけにはいかないから、前世アラサーの俺も小学生低学年ぐらいまでは一緒に入っていたような気がする。
小さい子供って、そこで溺れる?って場所でも溺れるらしいからな。
俺だけで入ろうとすると、怒られてしまうのだ。
あのときの母さん達としては、子供がわがままを言っているのと変わらないわけだからな。
必然的に、絵里香とも一緒に入る事になっていたんだが、俺の独り立ちと共に入らなくなった。
それでもお兄ちゃんと一緒に入る、と言って聞かなかった絵里香が懐かしい。
そんな絵里香もいつしか慎みを持ち始め、いつの間にか大人になっていたのだ。実に感慨深い。
いや、ダメだ。
昨日のことは忘れるって絵里香と約束したばっかりじゃないか。
必死の弁明と俺のスマホが脱衣所に置いてあったことで、許してもらうことができた。
可愛い妹に忘れるように何度も言われてしまったからには、しっかりと忘れるのが兄としての義務だ。
昨日の記憶には蓋をして綺麗さっぱり忘れよう。時間はかかるかもしれないが頑張ろう。
本の続きでも読んで、先生が来るのを待とう。
さてどうしたものか。読書に集中出来ない。別に妹の裸を思い出してしまい読書の妨げになっているわけではない。
「……」
何時もより早く学校に来てしまったから、暇で小説を読んでいたら、隣の席のゴリラ、月森さんが物凄い眼で睨んでくるのだ。
「……」
もうこれ以上ない程の、ガン見。
昨日の絵里香を前にした俺ぐらい見てくる。
どうする。昨日のことを思い出して現実逃避していたが、流石に限界だ。
ガンつけてるとか言うレベルじゃないぐらいに睨んできている。
俺からアタックをかけるべきか?
彼女に恨まれるようなことした覚えなんてないが、確実に何か原因があるはずだ。
何だ。
何をしたんだ俺。
「あ、あの」
「ねえ」
ほぼ同時、というか俺に被せるように月森さんが話しかけてきた。
相変わらず凄い目で見てきているが、対話の意思はあるようだ。
「あなた、本当に人間?」
「は?」
何を言っているんだろ、この人。
質問の意図がわからない。
月森さんには俺が人間以外の何かに見えてるって言いたいのか?
俺以上に人間味のある人なんていないぞ。
それとも俺の行動が非人道的だとかそういう?
俺ってそこまで嫌われてるの?
「答えて?」
「……人間だけど」
「そっか。急にごめんね、紫苑くん」
「い、いや別にいいけど」
前もしたような気がするな、こんな会話。
前と言うよりも昨日だけど。
今日という、今日は文句言ってやろうかな。
急に人間か聞くなんて失礼極まりないだろ。
「ねえ、月森さ……」
俺が言い切るよりも前に、席を立って廊下に出ていってしまった。
「えぇ?」
俺嫌われてる?
☆
放課後、誰もいない教室というのは妙に落ち着く。
やはりというか、このクラスの人達は皆、忙しいらしい。
部活動に参加する人以外にも、カラオケに行くだのボウリングに行くと騒いで仲間を募って、足早に教室を出ていった。
相変わらず俺は誘われていない。誘われたこともない。
放課後に級友と語り合うのも学校生活の楽しみだと思うんだが、そういうのはないのか?
まあまだ2日目だしな。
もう少し落ち着いてきたらそういう人たちも増えてくるか。
月森さんは今日も挨拶だけはしっかりとして、帰って行った。
それにしても朝の月森さんは本当に謎だ。
俺の話を聞かずに教室を出ていった月森さんだが、その後ホームルームが始まる直前まで戻ってこなかった。
よほど、俺との空間に耐えきれなかったと見える。これからの学校生活やって行けるか不安だ。主に俺のメンタル面で。
俺の頼みの綱、龍宮寺さんは午前中学校に来なかったし。体調が悪いとかで、午前中は休むと連絡があったようだ。
こういうところ本当に真面目だよな。前世の俺なら、休めるなら丸一日サボらせてもらうのに。
しっかりと午後から学校に来て授業を受けていた。放課後には普通に部活にまで行っている。
家に帰ってゆっくり休むべきだと思うけどね俺は。
彼女らしいというか、そこまで酷い体調不良というわけじゃなくて安心した。
あまり表立って彼女に話し掛けに行ったりはしないが、遠目で見た限りは大丈夫そうだったからな。何よりだ。
それでも部活は休むべきだと思うが。
考えは逸れたが、結局月森さんは何であんなに俺を見ていたんだろ。
「……今日もダメか」
小声で呟く。
誰もいないと言っても誰に聞かれるかわからないからな、独り言は。
「くそっ」
さて、行くか。
絵里香が友達と帰って行くの確認したし。
髪の色でしか判断出来なかったが、相手は幼馴染の女友達だ。まあ、男じゃないだけマシだと思おう。
しかし、俺は偉い。
俺には文明の利器、スマホがある。
これがあれば、一緒に帰る約束をすることなど容易い。
何度も欲望に負けて、絵里香に連絡をしそうになったが耐えきった。
一度、それを許してしまえば、俺は何度も絵里香に連絡してしまうだろう。だからこそ、俺は我慢する。
しつこい兄は嫌われるのだ。
俺は絵里香に嫌われたくないからな!
「うーん」
1人で帰ることは決定した。
悲しいことに予定通り、今日も能力の実験をする。
けど俺は悩んでいる。
問題は場所だ。
正直、河川敷にはもう行きたくない。誰が好き好んで自分が死にかけた場所に行きたがるというのだ。
「山、とかでいいか」
ついでに【妖精魔法】の飛行性能の実験しながら行くか。
しっかりと透明になるのも併用しながらで。
ここらの小学生とか、幼稚園児が遠足で向かう山があるのだ。
最近はキャンプに行く人も多いらしい。
そんな場所でも、少し奥に入れば立派な森だ。
人目につかないし、能力を試すのにはうってつけだろう。
「本当に見えてないんだなぁ」
歩いてる人の真上を通過しても、気付かれない。
この能力かなり有用だ。
やろうと思えば、やりたい放題できてしまう。やらないけどな。
……ん?
「あれ……絵里香か?」
空中を浮かびながら山に向かってしばらく、絵里香とその幼馴染の姿が見えた。そうか、方向的にはこの先に家があるからな。
驚くべきは、二入だけじゃなかったことだ。
その線を考えていなかった、他校の男子という存在を。
男、それも数人だ。
学校の男子と一緒にいないからもう大丈夫だと安心した俺が馬鹿だった。
くそ、俺の可愛い妹と立ち止まって何話してやがる。
事と次第によっちゃ、命があるとは思わないことだ。
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