第22話 魔族

「面白そうな気配を感じて来てみれば、妖精族が一匹で水遊びか」


 くそ、まだ人間に戻れるかも試せていないっていうのに。


 どうする、どうすればいい。現状を打破するために必死で頭を回転させる。そもそもこの銀髪ホストは何をしに来たんだ。


 昨日のクマの言葉が本当なら、こいつの目的は世界を滅ぼすことだ。

 そんな奴が俺、個人に何をしに来た。今の俺は誰がどう見たって人畜無害なぬいぐるみだ。


 身にまとう雰囲気でわかるが、この男は明らかに俺より格上。この距離で向かい合っているだけで息が詰まりそうになるほどだ。


 現状の俺の力でどうにか出来そうな相手ではない。


 逃げることが出来ればそれが一番だが、逃げてどうなる。

 あのクマの言っていたことが本当なら、逃げたところでこいつの狙いはこの世界だ。逃げ場なんてない。


 戦う以外の選択肢なんてそもそも最初から用意されていないのだ。


 いつか、クマの話していた存在と相対することになるだろうとは思っていたが、こんな所で遭遇するなんて思ってもみなかった。

 なんとかしてこの場を切り抜けなければ、命はない。

 ただ切り抜けるだけじゃダメだ。こいつに勝たなければ。


 人が必死に考えを振り絞っている間にもそいつは余裕綽々とこちらを睥睨している。


「まったく、魔神様も心配性でいらっしゃる」


 そう言うと再度、やれやれと呆れたように俺の事を蔑んだような目で見た。


「このようなゴミの処理に私を指名なさるとは」


言葉通り、先程から俺の事なんて眼中に無いって感じだ。俺なんて何時でも殺せると言わんばかりの態度。

 今の言葉で確実にこいつが俺を殺そうとしていることがハッキリとした。


「これも、私が美しすぎる故の定めか」


 余裕からか、俺から視線を外してうっとりと自分の頬を撫でつける銀髪のホスト。完全に自分大好きのナルシストだ。

 俺こいつみたいな奴が一番嫌い!


 くそ、今の俺に【確殺】が使えれば目の前のこいつも一瞬で殺す事が出来たのに。

 後悔しないと言っていたが早くも、クマに【確殺】を消費してしまったことを後悔している自分がいる。


 しょうがないだろ、わざわざ人のいない場所を選んで能力の確認してたらこんな奴が急に現れるなんて思ってもなかったんだから。

 誰かが来ること自体予想外だ。


 昨日のクマ、妖精族っていうのと、この男は敵対関係にあるんだろう。

 だから、この男は能力で妖精族と同じ姿になった俺を妖精族だと勘違いして声を掛けてきたに違いない。

 こいつの話していた通り、この銀髪ホストの狙いは俺を殺すこと。正確には、妖精族を殺すこと、が目的でわざわざ来たんだろう。


 どうやってここに俺がここにいるって気付いたのか気になるが、今はそんなこと考えている場合じゃない。


 俺だってこのままやられてやるわけじゃないぞ。

 実験じゃ細かいことは分からなかったが、俺にだってかなり強力な攻撃の手段があることが判明したばかりだ。黙っていても殺されるだけなら、やるしかない。


 さっきは軽く魔力を消費しただけであれだけの威力が出たんだ。

 それなら今度はぶっつけ本番、ありったけの魔力をこの魔法に込めてお前にぶつけてやるよ。


「不完全な存在である貴様らをいたぶるのは趣味ではないが、これも魔神様に選ばれた私の務めだ」


 さっきから意味のわからないことをつらつらと。

 俺のことを妖精族だと思って完全に舐めている。ただ、あながち間違ってはいないのが辛い。


 今の俺には妖精族に出来ることしかできないからな。

 後は健康なだけだ。

 俺のことをここまで見下して余裕な態度なのは、妖精族なんてどうとでもなるだけの力がこのホストにあるからだろう。


 昨日のクマだけかもしれないが、頭が弱そうな奴だったもんな。踏み潰しに来る俺に最後まで気づかなかったような奴だ。

 あれの同族だと思われてんなら舐められるのもしょうがなく思えてきた。


 ただ生憎、今の俺はかなり調子がいい。


 不思議な事にこの体になってから、魔力が少しずつ増えていくように力がみなぎっている。

 まるで、俺の体に周りの魔力が集まってくるようなそんな感覚だ。


 この調子なら疲労とかを考慮せずに魔力を魔法に込めることが出来そうだ。自分の体内に大量の魔力を感じながら口を開く。


「一つ言わせてもらうが、俺は妖精族じゃない」


 攻撃する前に会話ができるのか試しつつ、間違いを訂正する。

 こいつは俺の知らないことを沢山知っていそうだし、戦いになる前に出来るだけ多くの情報を聞き出しておきたい。


「んんん? 何を言うかと思えば、面白い冗談だ。妖精族じゃない? 自分の姿を鏡で見たことはないのかね、貴様の妖精石が貴様ら下等種族の特徴ではないか」


 やれやれと呆れを含んだ表情で話す男。

 こいつの言う妖精族とは十中八九、昨日のクマのことだろう。

 こいつの口ぶりからして俺のお腹にあるこの宝石、妖精石はあいつにもあったんだろうな。種族の特徴らしいし。


 いきなり踏み潰すんじゃなくてあいつとも話してみればよかったな。俺には知らないことが多すぎる。


「嘘をつくならもっとマシなものをつきたまえ」


 最後に、あいつの言っていたことが本当か確かめさせてもらう。


「お前らの目的はなんだ」


「知れたこと。我々魔族の願いは魔神様の降臨。それ以外にありえない」


 答えてくれるとは思っていなかったが、銀髪の男はペラペラと話し始めた。

 さっきから気になってはいたこいつの口から出る魔神という言葉。その魔神とやらを降臨させることが目的らしい。


 それを聞いて、頭の中にある考えが思い浮かんだ。


「なら、世界を滅ぼしたりはしないのか? 」


 それなら、争う必要はないんじゃないか?

 妖精族とこいつが敵対していたとしても、俺はそれには関係ないわけだ。

 家族が巻き込まれるとなったら話は別だが、そうじゃなければ、魔神が降臨しようが構わない。


「ん? 滅ぶに決まってるではないか」


 俺の期待を一瞬で裏切り、さも当たり前のことのように言いやがった。


「魔神様が降臨なさるのだ。それによりこの世界が滅ぶのは当然ではないか。だからこそ、貴様ら下等種族は私たちの邪魔をしにきたのだろう?」


 あのクマの言っていたことは正しかった。

 そうだよな。俺もわかってたよ。一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。もうこいつと話すことなんてない。

 しかし、これで躊躇いなく攻撃できる。


 この体になってから今も増え続けている魔力を右手に込めながら、言う。


「火よ」


 これで俺の右手から青い火の玉が浮かび上が、、、らない。


「は?」


 俺の魔法が、発動しない。


 なんでだ。実験してたときは問題なく発動できていたよな。条件は殆ど同じだったはずだ。魔力を込めすぎたか?


「貴様ら下等種族の能力は厄介なのでな、そろそろ死んでもらおうか」


 銀色に輝く前髪をかき上げながら、魔族の男がこちらに一歩近づく。

 やばいやばいやばいやばい。頼みの綱だった妖精魔法が発動しないなんて本当に想像していなかった。

 俺にはもう【確殺】がないんだぞ。


 焦りで頭が真っ白になりかけるが、絶対に諦めるわけにはいかない。俺が死んだら、誰が俺の家族を守るんだ。

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