第23話 魔法少女(仮)
「火よ」
出ない。
「火」
なりふり構わず、右腕を振り回すようにして魔法を発動しようとしても、出ない。
「火、火、出ろよ!」
何度、魔法を発動しようとしても俺の右手から火が出ることはなかった。これじゃあいつを倒すことが出来ないどころか、それ以前だ。
このままじゃ俺は、目の前の魔族に殺される。
「ああ、実に面白い。何かと思えば、私に攻撃しようとしているのか」
俺が焦っていると頭上から心底楽しそうな声が聞こえてくる。
ゆっくりとした歩みで俺に近づいて来ていた銀髪のホスト魔族は、いつの間にか俺の眼前に迫っていた。彼我の距離はもうない。
目の前のこいつが俺に手を伸ばせば届いてしまう距離に来てしまっていた。
「貴様の様な妖精族は初めて見たぞ。貴様ら妖精族が愚かな女神から受けた呪いを忘れたわけではあるまい」
聞き覚えのない言葉に魔法を発動しようとしていた手が止まる。
女神の呪い?
呪いというのも気になるがそもそも、なんでこいつが女神のことを知っているんだという疑問が浮かんでくる。
女神っていうのが俺の知ってる女神と同じなのかは知らないが、呪いなんてものを受けた覚えはない。俺の知らない間にあの女神に呪われていた、というのが1番有り得そうだが、それはありえないと否定できる。
先程まで問題なく使えていた魔法が急に使えなくなったんだ。となれば、呪いが掛けられた、発動したのはここ数分の間。
銀髪の魔族が現れるまでのその間、女神から呪いを掛けられた覚えなんてない。
それにあのアフターケアまでしっかりしてくれる女神が俺のことを呪ったとは考えたくないし、それはないだろう。
俺が女神から呪われた可能性を否定して、ある考えに行き着いた。まさか、魔法が発動しなくなったのは、この体に問題があるんじゃないか?
この妖精族の体に。
銀髪魔族は、妖精族の受けた呪い、と言っていた。
俺が妖精族の姿になったことで、その呪いが俺にも掛かってしまったと考えれば、急に魔法が発動しなくなったことも、納得はできないが説明がつく。
それなら人間に戻れば、その呪いも解除されるんじゃないか?
愚かな女神ってのがまだよく分からないが、今はそんなことどうだっていい。
あの大爆発を起こした魔法が使えるとなれば、まだ希望はある。
「ハッハッハ、哀れ哀れ。恨むなら私のように美しく生まれることが出来なかった自分恨みたまえ」
美しさ関係ないだろ、とかツッコミを入れる余裕はもうない。
見上げるように銀髪魔族を見ると、銀髪魔族の右手の爪が長く鋭い物に変化していた。俺ぐらいなら余裕で刺し貫けそうな凶刃がそいつの右腕に存在している。
俺を殺す準備は整えられている。すでに、呑気に人間に戻ってから魔法を発動させる時間が残されていないことを悟った。
その右腕を大きく振り上げ、俺に微笑みかけてきた。
「では死ね」
振り上げられた右腕が、その鋭い爪が俺に向かって振り下ろされた。その全てがゆっくりと、コマ送りのように自分の目に映っている。
不味い。
避けられない。
人間に戻っている暇なんて、ない。
迫り来る死に、無意識に目を瞑った。自分の死ぬ瞬間を見たくなかったのかもしれない。
前世の最期、トラックに轢かれる瞬間がフラッシュバックした。
死んだ、そう思った瞬間に一瞬の衝撃と共に体が柔らかい物に包まれた。
「え?」
「大丈夫?」
その声を聞いて、誰かに抱き抱えられている事に気付く。
だ、だれだ?
誰かの胸の前で抱えられたまま、急いで前方に視線を移せば、離れたところで銀髪魔族が表情を怒りに染めていた。助けられ、たのか?
本当に死ぬかと思った。
1度死んだことある俺が言うんだから間違いない。あれは絶対に死んでたね。いや、生きてるんだけどさ。
生きている事にホッとしてから、俺を助けてくれた人の正体に目を見開く。
「魔法、少女?」
桃色の長い髪を可愛らしくツインテールに纏めた美少女が可愛らしいフリルのあしらわれたピンク色のワンピースを身にまとっていた。
ひときわ目を惹くのは、大きな赤色の宝石がついたネックレス。
彼女の見た目、身に着けているもの、その身に纏うキラキラした雰囲気も含めて魔法少女って感じだ。
「本当に危ないところだったぷち。わたちたちに感謝して欲しいぷち」
「は?」
妙に甲高い可愛らしい声。
その声のした方に顔を向けるとピンク色の猫がいた。ふわふわと宙に浮きながら俺のことをじろじろ見ている。
え、これどうするのが正解なんだ。
素直にお礼を言うべきなのはわかるんだが、死にそうになったり、魔法少女に助けられたり、急に色んな事がありすぎて一周まわってどうすればいいのか分からなくなった。
いや、ピンク色でキラキラしてるからと言って、魔法を使ったところを見たわけでもないのにそう決めつけるのはまだ早いか。
魔法少女(仮)さんと呼ばせてもらおう。
俺がポカンとしたまま黙っていると、助けてくれた魔法少女(仮)さんがピンク猫に話しかけた。
「知り合いなの?」
「いや、初めてみたぷち」
「へえ、そうなんだ。みんな知り合いってわけじゃないんだね。でもお仲間なんでしょ?」
「そうぷち。お腹に妖精石があるから間違いないぷち」
俺について話してるらしい。俺のことを同族だと思っているみたいだな。ピンクの猫さんには悪いが、俺はお前のお仲間じゃないぞ。
よし、2人が話してるのを見て少し落ち着いてきた。
「ありがとうございます、助かりました」
「いいよー、間に合ってよかったよ」
俺がお礼を言うと、そう返事をしながら俺を顔の高さまで持ち上げながらジッと観察するように見てきた。
「な、なんですか」
「いや、君は変な語尾ないんだなって」
あ。
「変な語尾って何ぷち!」
ぷんぷん怒る猫は一先ず置いておくとして。
そういや俺って今妖精の姿だった。魔法少女(仮)さんと一緒に現れたこの猫も含めて過去に2匹しか知らないが、どちらも語尾に変なのついてたな。
もしかして俺もつけないとだめなやつ?
え、どうしよ。
まともな語尾とか浮かんでこないんだけど。
俺ってヒツジだし、そうなると「メエ~」とかになるんだろうけど、目の前にいるこいつニャンじゃないしな。
昨日のクマに至っては「ぽこ」とか言ってた気がする。
タヌキかあいつは。タヌキに謝れ。
クマの鳴き声とかあんまり想像つかないけど、なんでお前はニャンじゃないんだよ。猫の姿してるなら普通ニャンだろ。
「そ、そんな見られたら照れるぷち」
「は?」
「ふふっ、妖精さんにも色んな人がいるんだね」
おい、お前の所為で魔法少女(仮)さんに笑われちまったじゃないか。まあ語尾については保留、というよりも無しだ。
現に今も多様性を認めてもらったところだからな。
「多分、この子はここで死ぬ運命だったのかな。助けられてよかったよ」
事実とはいえ、物騒なこと言わんでほしいね。
確かに魔法少女さんが助けに来てくれなければ死んでいた可能性は高い。あいつの爪でぐさりとやられていただろう。
走馬灯まで見えたしな。
「とりあえず、あいつをどうにかしなくちゃね」
そう言って、視線を移す魔法少女(仮)さん。完全に気が緩んでたけど、まだ危機が去ったわけじゃなかった。
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