第21話 妖精
絵里香の部屋に突然現れた謎の生物。
ぬいぐるみのような見た目をしていたが、そいつから手に入れた能力から察するにどうやらそいつは妖精だったらしい。
妖精と言われる存在がどんな生き物、種族なのかは知らないが、あいつがやろうとしていたことは到底許容できるものではなかった。
半ば強制のように俺の大切な妹を魔法少女にして、世界滅亡を目論むような危険な奴との対抗馬にしようとしていたのだ。
正当防衛というか、あれは踏み潰して正解だろう。人様の大切な妹をなんだと思っているんだ。
まあ絵里香を選んでしまったあいつのセンスは認めてやらんこともない。絵里香ほど魔法少女に相応しい女の子なんて他にいないだろう。
だからといってどこの馬とも知れんやつの魔法少女になるなんてお兄ちゃん許しませんからね!
俺の命よりも大事な絵里香を魔法少女にしようっていうんだ、踏み潰される覚悟ぐらいはしていてほしい。
尤もただ踏み潰したわけではなく、女神からもらった能力を使って消したのだがそんなことは些細な事だ。
そんなことよりも今、問題なのはそいつを倒して手に入れた【変身】を使ったら、あの妖精と同じような姿になってしまったことだ。
「けど、全く同じじゃあないんだよなぁ」
随分と高くなってしまった声でボヤく。
あいつが青色のクマだったのに対して、俺の変身した姿は青色のヒツジだった。全くもって謎しかない。そもそも俺は魔法少女になると思ってたわけで。
「クマならわかるけど、なんでヒツジなんだ?」
ヒツジはどこから来たんだ?
水面を鏡代わりにして川に映り込む変わってしまった自分の姿を見る。
顔と手足以外をモコモコの毛に包まれたミニマムサイズの二足歩行している羊がこちらを見ている。
人間だったころの面影はゼロだ。
羊といってもリアルな少し怖いものではなくだいぶデフォルメされた可愛らしいものになっているのが幸いと言えなくもない。いや全然幸いではないけども。
リアルなヒツジってちょっと怖いんだよな。何考えてるのか全くわからん顔とか特に。
それに本物の羊は四足歩行だが、俺は今普通に二足歩行できてるしな。
本当にぬいぐるみみたいな感じだ。
全身をモコモコの羊毛に包まれていて、そこからぴょこっと短い手足が出ていて可愛らしい。可愛らしさは自分でいうのもあれだがそこら辺のぬいぐるみの中でもピカイチだと思う。
いや、俺はぬいぐるみじゃないけどな。
そして気になることはもう一つある。
変身してからすぐに気づいたのだが、俺のお腹部分に水色に輝く宝石のような物があることだ。
お腹にある、完璧に石、宝石だ。
埋め込まれているというよりも、体の一部のようで、取ろうとしても取れなさそうである。
「こんなの、あの妖精にあったかな」
あのときは必死過ぎて、あの妖精のことをあまり詳しくは見ていなかったせいで覚えていない。
もっとしっかりと見ておけばよかったと後悔しても、もう確かめようがないしな。
そもそもあいつはクマで俺は羊だしな。あいつにも同じようにお腹に宝石があったとは限らないわけだ。
いや、それでもお腹に宝石はおかしいだろ。
ぬいぐるみサイズからだと、結構な大きさに感じる硬質なものが自分のお腹に居座っている。宝石がお腹にあるとか違和感しかないのに、妙に馴染んでいて変な感じだ。
もしかすると、人間でいうところの爪とか歯に近いものなのかもしれない。
悪い物ではないだろうし、放っておいても良さそうだ。
想像していた姿にはならなかったがこの姿も十分にプラスだ。今のヒツジ状態の俺を見て、一目で俺が天開紫苑だと気付く奴はいないはず。
人の姿で戦うわけにもいかないからな。
俺が俺だとバレれば、家族や周りの人たちに迷惑がかかってしまう。その対策にいい隠れ蓑ができたと思えばいいんじゃないかな。
とりあえず検証はこれぐらいにするとして、目先の問題について考えるか。
これ元の人間の姿に戻れるよな?
お腹の宝石がどうとか、なんでヒツジなのかとか、そんなことがどうでもいいぐらいこっちのほうが重要だ。
もし、昨日絵里香の部屋にやってきたあの妖精も誰かが変身して戻れなくなったなれの果てだったりしたら、一生このぬいぐるみ生活とか考えるだけでゾッとしない話だ。
出ていない汗を拭って落ち着く。
「落ち着け、俺には絵里香がいるんだ」
絵里香なら俺がぬいぐるみになってたって説明すれば俺だってわかってくれるはず。
そこまで考えて、首を振る。
いや、絵里香には話せない。俺の嘘が絵里香にバレることになる。
必然的に昨日のぬいぐるみは夢じゃなかったってことに絵里香が気付いてしまう。
俺がなんであの妖精を踏み潰したのか思い出せ。
絵里香を守るためじゃなかったのか。それなのに自分からまた絵里香を巻き込むんじゃない。
あのクマは、絵里香に世界を滅ぼそうとしている奴がいるって話してしまった。俺がそいつらと戦おうとしていることも知られることになるんだ。
絵里香は優しい。
俺が1人で危険な目にあうことを良しとしないはずだ。だからこそ、絵里香には黙っていないといけない。
色々考えたが、まだ戻れないと決まったわけじゃない。
けど決意は固まった。人間に戻れたとしても、この力のことは家族には黙っていよう。
早速、戻れるか試そうとしていると、体に影が射し不意に背後から声が聞こえてきた。
「随分と間抜けな妖精族もいたものだ」
「っ!?」
人の声に、慌てて後ろを振り返ると、そこに立っていたのは人間ではなかった。
「一匹では何もできない貴様ら下等種族がこんな場所にいるとは、流石の私も驚きだ」
大袈裟なしぐさでやれやれと首を振りながら、俺を不遜な態度で見下ろす派手なスーツ姿のキザな男。
それだけなら、ホストみたいな恰好しているだけの普通の人間と変わらない。
人間じゃありえない不気味な紫色の肌、その頬に血のような赤い紋様が怪しく明滅している。
男は、真っ赤な瞳でこちらを睨みつけながら、見せつけるようにサラサラの銀髪をかき上げた。
人目見て、こいつがクマ妖精の言っていた世界を滅ぼそうとしている存在だと理解した。
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