第20話 変身
俺が小学校低学年、絵里香はまだ小学校に入学前のことだ。
人前だとクールな子になってしまった俺の妹がまだかなりの甘えん坊だったとき、休日に家族で水族館に行ったことがあった。
小さいぷにぷにした手で俺の手を握り、水槽の中を泳ぐお魚やぺちぺち歩くペンギンを見てはしゃいでいた絵里香がこの世のものとは思えないほど可愛かったのを覚えている。
いやもう本当に天使だった。
水族館といえばメインはイルカショーだと思うが、イルカショーを見るとき俺の隣に座りたいと言って俺から離れない絵里香の方が天使だったのは一先ず置いておこう。
その前になぜ俺が小さい時の甘えん坊時代の絵里香を思い出していたかといえば、さっきの魔法が原因で発生した水しぶきが、あのときのイルカショーの水しぶきを彷彿とさせたからである。
あのときのイルカショーが印象に残っているのはイルカの起こした水しぶきで服が濡れてしまって、まだ小さかった絵里香が泣いてしまったからだろう。
思っていたよりも水がかかってしまって驚いたらしい。
泣きながら抱き着いてくる絵里香は服が濡れていることなんて微塵も気にならないほど天使だった。
ああいう場では濡れることもイルカショーの醍醐味ではあるが、それを楽しむには絵里香はまだ幼過ぎたという非常に可愛らしいエピソードだ。
今の絵里香も勿論可愛いが、あの頃の絵里香は本当に天使だった。
閑話休題。
水族館のイルカショーでは客を楽しませるために大きな水しぶきをあげたりするが、さっきのあれはそれに近いぐらい、それ以上の大きさだったかもしれない。
結構な高さまでしぶきが上がり驚いてたが、濡れたりしなくて本当に良かった。
もしもイルカショーのお客のように濡れないためのビニールを渡されていない俺が水しぶきを浴びていたら全身びしょ濡れになるのは免れなかっただろう。
それがあっても多少は濡れてしまうものだしな。
結果的に間一髪濡れることがなかったのは完全に幸運だ。
春になって暖かくなってきたとはいえ、雨が降っていたわけもないのに息子がびしょ濡れで帰ってきたらやばいだろう。
俺ならいじめを疑う。
親に余計な心配をかけるのは、だめだ。
幸いなことにそれは免れた。仮に濡れていたら能力の検証どころではなくなっていたので本当によかった。
後顧の憂いなく次に進める。
さて、こうなると次の問題は1つだ。
妖精魔法に関しては、今日は無事に発動出来ることもわかった。威力やら他に出来ることを探すのは後日にするとして、残った能力はあと2つある。
その2つの検証をしなければいけない。
「問題はどっちを先に試すか、だな」
☆
【強欲】
【無病息災】
【確殺0/1】
【妖精魔法】
【契約】
【変身】
☆
残っているのは、【契約】と【変身】の二つ。
正直どっちでもいいってのが本音だから、素直に上から検証していきたいが。
まず、【契約】だな。
「これってあの妖精が絵里香に使おうとしてた能力だよな」
俺の記憶が正しければ、絵里香はちょっと、いやかなり可愛くて性格もよくて頭もいいだけの普通の女の子だ。
間違っても悪い奴と命をかけたバトルをできるような女の子ではない。
運動神経も悪い方じゃないが特段、力が強かったり俺のように不思議な能力があったりもしない。あくまで絵里香は、可愛い普通の女の子だ。
そんな可愛い普通の女の子に、世界を滅ぼそうとしているような輩と戦えるだけの力を与えることができる力って考えると中々に強力な能力だ。
尤も、まだどんな仕組みでそんな事をしてるのか分からないが恐らくそんな能力だろう。
制約とかもありそうだ。素質のある人間しか魔法少女にできないとかそんな感じの。
そうじゃないと魔法少女が量産できてしまうだろう。
少なくとも、今ここで使える能力ではない。相手がいないと、契約のしようがないからな。
そうなると、残されたのは1つだけだ。
「変身、か」
名前からして、何かに変身出来るんだろうが。恐れていることが1つある。
「俺が魔法少女になったりしないだろうな?」
正直、1番有り得そうだ。
絵里香の魔法少女姿は見たいが、自分が魔法少女になってるところとか想像するだけで拒絶反応が出る。
俺に女装の趣味はない。
「まだそうと決まったわけじゃないから試すけどさ」
仮にこの能力が滅茶苦茶強い可能性もあるわけだからな。
もしも予想通りの能力だった場合は強かったとしても封印させてもらおう。
まあ尤も、俺ほどの美形なら女装も似合いそうだ。化粧とかしたら完全に高身長美少女になれちゃうだろうな。
まったく、自分の顔が整いすぎて困っちまうぜ。
やれやれ首振ってないでやることやるか。
念じるだけで使えるかな。
魔法は一応、口に出してみたけど【確殺】とかは念じるだけで使えた。そもそも【強欲】に関しては念じる必要すらなかったから、能力ごとの発動の基準がよくわからない。
色々試してみたいけど、最初は言葉にするのが確実だろう。
……変身するってなると何かポーズ取らないといけない気がしてくるけど、やらんでいいよな?
よしやらない。
今更だけど、あの妖精が魔法少女になるところとか想像できないんだが。急に変身するの怖くなってきた。え、変身しても戻れるよね?
や、やるぞ?
大丈夫だろうな?
色んな意味で覚悟を決めよう。たとえどんな化け物になろうと魔法少女になろうときっと戻れる。
瞼を閉じて自分に言い聞かせ、最後の覚悟を決める。
左手を腰の辺りで握り、右手でグッと握りこぶしを天に突き上げ、目を開く。
「ふぅ……【変身】!」
ぽん!
間抜けな音と共に足元からモクモクと青い煙が立ち上り、自分なりの最高に格好いいポーズをしている俺の全身を覆っていく。
「なんだこの煙!」
一瞬の間に青い煙は完全に俺の身長180センチを超える体を覆っていた。
くそ、何も見えない。普通の煙じゃないらしく、幸い呼吸は問題ないが、どうしたものか。
考えてる間に、煙は少しずつ晴れてきた。
「……見えるようになってきたな。魔法少女になったっていう雰囲気じゃないが何になったんだ?」
怪しげな煙に、明らかに魔法少女ではないことを感じつつも、自分が何かに変化していることを感じている。
思っていたよりも短い時間で完全に煙が晴れた。時間的に10秒ぐらいだろう。
「ん?」
顔を上げて、周りを見て、違和感に気付いた。違和感は目線の高さ。赤ん坊のときの目線とか覚えてないが、それが一番近い気がする。それぐらい目線が低くなっている。
どうやら、自分がだいぶ縮んだらしいということはわかる。
「ん!?」
不意に自分の手を見て、あまりの驚きに固まった。見慣れていたはずの自分の手が、確実に人間のそれではなくなっていた。
指というか、関節とかが存在していないような感じだ。
まるでぬいぐるみのような。
認めたくはないが、そういうことだろう。
「これ、あの妖精になってないか?」
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