第17話 恋してるかもしれない乙女

side 龍宮寺


 校舎の横に建てられた剣道場まで歩く。

 自然と速足になってしまうのは、何故だろうか。何かが体の奥からじんわりと沸き上がってくるみたいだ。顔が熱い。


 いや、少し落ち着こう。このままじゃ部活どころではない。


「ふう」


 全く、急に手を握ってくるから驚いたぞ。あいつは否定してたが、手が早いのは事実なんじゃないか?

 私を引き留めるためだというのはわかっているが、もしも次に手を握って来たら注意してやらないとな。

 そう簡単に女の手を握ったらダメだと。


 あいつは私以外の女とあまり関わったことが無さそうだからな。それ以前に同性の友達もいるかどうか。

 あんな格好と性格をしていたら、それはそうだ。話してみるといい奴なんだがな。


 あいつもあいつで周りの人間に壁を作っているような感じがする。私も出会ったばかりの頃は、避けられているというほどではないが、話していて壁を感じた。

 最近は私とは普通に話しているんだから、コミュ障?とかではないだろうし、あいつ自ら一人になるのを望んでいるような、そんな感じがする。


 私以外の友人が出来れば変わっていくともおもうが、あいつがそれを望んでいるのかが問題だ。私とは話してくれてるんだから、無理やり他の人と話させなくてもいいだろう。

 あいつが嫌がることを無理にする必要もないからな。


 人との接し方は私がしっかりと教えてあげれば問題はない。


「ふふっ」


 よし部活には間に合いそうだな。

 新入部員もまだいないから問題ないが、あいつと話すタイミングを伺っていたら、少し遅れてしまった。


「遅かったね凛」


 誰に怒られるというわけではないが、こそこそと更衣室に入ると声を掛けられた。


「少し用事があってな」


 更衣室の椅子に座る千夏に応える。

 あいつよりも少し明るい青色の髪をボブカットにした中学校からの友人だ。高校に入ってから同じクラスになったことはないが、毎日部活で顔を合わせている一番気心の知れた相手である。


「嬉しそうだけど、何か良いことでもあった?」


「ん? いや特にないが」


 強いて言うなら、あるが言う必要もないだろう。こいつの性格なら男とランニングをするなんて言ったら絶対に茶化してくるからな。


「ふーん、あ。そういえば知ってる?」


「何だ?」


「ちょっと耳貸して」


 若干面倒に思いつつも、顔を寄せて耳を近づける。

 更衣室に私たちしかいないんだから、必要ないだろうに。


「出たんだってさ、中等部の入学式に」


「だから何が」


「青の貴公子様だよ!」


 耳元で千夏が小声で叫ぶという意味の分からんことをする。


「またその話か」


 顔を話してため息を吐く。

 こいつから話題度々話題に上がる青の貴公子様、とかいう謎の男。去年から騒がれだした噂らしい。この世のものとは思えないイケメンで、この学校に在学しているはずなのに誰もその男の正体を知らない。

 正体を知っている可能性のある教師陣もそいつに関しては皆一様に口を割らないようだ。


 こいつの話を聞いていたら変に詳しくなってしまった。


「けど、その青のなんちゃらは高等部にいるって話じゃなかったか?」


 なんで中等部の入学式なんかに。

 その日、高等部の生徒は学校が休みだったはずだ。だから私もいつもより少し遅い時間にランニングをしていたんだが。

 そのおかげであいつに会えたんだから遅らせてよかった。


「青の貴公子様だよ! なんでも、今年の入学式に妹がいるらしくて付き添いに来てたんだって」


 思い出すのは、前髪で顔の見えないあいつのことだ。

 そういえばあいつも妹の入学式だって言ってたな。会ったことはないが、あいつの話から偶に出てくる。妹も前髪が長いんだろうか。


 妹の顔を見れば、あいつがどんな顔をしているのか少しはわかるかもしれないな。

ランニングをするときに聞いてみるか。


「いつか生で見てみたいなぁ。あわよくばお付き合いとかできたら文句なし!」


 よくもまあ会ったこともない男にそこまで言えるな。こいつもここまで面食いじゃなければ引く手あまただろうに。

 今までこいつの顔に騙されて玉砕してきた男どもが何人いたことか。


 自慢じゃないが私もモテる方だが、こいつも相当なものだ。


 幼なじみとして心配になる。いつか顔がいいだけの悪い男に騙されないか気が気でない。

 尤も、今みたいに青の貴公子とやらに憧れている間は大丈夫だろうが。


「ねえ、聞いてるー? 凛だって青の貴公子様と仲良くなれるならなりたいでしょー?」


「私は別に性格もよく知らない男に惹かれたりはしないからな」


 大切なのはその人の中身だ。

 好きになったら例え顔が見れなくたって、性格さえよければその人のことを知りたいと思うし、惹かれるものだと思う。

 いや、いずれ顔はしっかりと見たい。

 けどあいつは、何か事情があって前髪を伸ばしていると言っていたから無理には言えないのだ。

 普通ならあんなに前髪が長ければ先生方から注意があるだろうに、それもない。もどかしくもあるが、あいつから見せてくれるのを待つしかない。


「ふーん」


 来週には一緒にランニングをする約束もしたんだ。今はそれで満足しておこう。


「あの人とはどうなの? 天開くんだっけ」


「はっ!?」


 不意打ちに頬が赤くなる私をニヤニヤしながら見てくる。

 人のいるところではあまり話さないようにしているが、少し前放課後に天開と話しているのをこの女に見られてしまったのだ。

 それ以来、こいつは事あるごとに天開について聞こうとしてくる。

 昔から剣道一筋だった私が急に話すようになった異性の相手が気になるのもあるだろうが、半分以上面白がってるだけだ。


「同じクラスになれたんでしょー? あ、今日遅れたのって……」


「い、いいから早く部活にいくぞ」


「はいはい、進展あったら教えてねー」


 ぐ、絶対に教えないからな。

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