第16話 エンカウント2

 それじゃ、そろそろ行くか。

 教室の窓から妹が幼なじみの女友達と一緒に帰っていく姿がついさっき確認できてしまったため、俺が教室に残る理由もなくなってしまった。


 残っていたと言っても、ほんの数分程度だが、既に俺以外のクラスメイトは殆どいない。

 1年生はまだないが、2、3年生は初日から部活があるため部活に行った。

 あれ、けど龍宮寺さんはまだ残ってるんだな。いつもならすぐ部活に行ってしまうのに。何か用事でもあったんだろうか。


 それ以外の部活に所属していない人達は親睦を深めるとかでカラオケに行ってしまった。もちろん俺は誘われてない。


「おい、天開」


 丁度、教室を出ようとしているところで背後から声を掛けられた。デジャブか?

 昨日もこれと1字1句同じ声の掛け方をされた気がする。


 相変わらず声の掛け方が乱暴だがもう慣れつつある。けど良かった。あと少しで今日学校で話した人があのゴリラさんだけになる所だったからな。

 あの人と違ってこの人はクロノスだ何だとか意味のわからないことを聞いてきたりしない。


 なんせ俺と彼女は、外で見掛けたら声をかけるぐらいには友達なのだ。帰るところを見かけたら声をかけるのも当然だろう。


 しかし、後ろから声を掛けないと気が済まないんだろうか。昨日と同じように振り返りながら返事をする。


「どうしました?龍宮寺さん」


「お、お前はそんな成りをしているわりに手が早いらしいな」


 昨日と同じように腕を組んだまま仁王立ちしている龍宮寺さんがいる。さて、言葉の節々に棘が含まれているが気のせいじゃ無さそうだ。えっと、俺なんかやっちゃいました?


「ん? 何のことです?」


 質問の意図が分からず聞き返してしまったが、龍宮寺さんは俯いて何も答えない。


「龍宮寺さん?」


「……朝、隣の席の奴と手を握り合っていたろ」


 一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、すぐに合点がいった。どうやら龍宮寺さんに朝の恐喝を見られていたらしい。

 けどそれなら……。


「見てたんですか?」


「っ! み、見てたら悪いか!」


「いや、見てたなら助けてくれても良かったじゃないですか」


 む、と龍宮寺さんが首を傾げた。

 まあそうだよな。傍から見れば先程、龍宮寺さんが言ったようにただ握手していたようにしか見えないか。下手すれば俺から握ったように見られていてもおかしくない。

 しっかりと弁明しておかなければ。彼女には勘違いしたままでいてほしくないし。


「無理やり手を握られて困ってたんですから」


「……そうなのか?」


 まあ、手を差し伸べられてまんまと握り返したわけだが。


「そうですよ。痛いぐらいに握ってきて中々離してくれなくて、次見かけたら助けてくださいね」


 月森さんには悪いがこれぐらい言っても良いだろ。俺にだって友達に愚痴ったり助けを求める権利はある。

 新学期早々に友達ができたと内心喜んでいた俺の純情を弄んだ罪は重い。


「そ、そうか。わかった、次見かけたら声を掛けよう」


「お願いしますね」


 龍宮寺さんも分かってくれたらしい。それに次から俺が月森さんに絡まれていたら助けてくれる約束もしてくれた。

 うんうん、持つべきものは友達だな。


「月森か、そういう事をするような奴には見えなかったんだがな」


「僕もびっくりしましたよ」


 全くその通りだ。見た目に騙されて大人しそうな子だと思ってしまったが最後、相手の握力に潰されるのだ。そういう妖怪に違いない。


「……確認だが」


「ん?」


 1人で納得してたら、龍宮寺さんがまた話はじめたのだが、俯いていて顔を見ることはできない。

 彼女はそのまま少し黙ってから、顔を上げて口を開いた。


「月森と、そういう関係な訳では、ないんだよな?」


「そういう関係?」


「な、なんでもない! 私はそろそろ部活に行くから、またな!」


 俺が聞き返した途端、顔を赤くして俺の横を通り過ぎて部活に行ってしまおうとした。

 咄嗟に龍宮寺さんの手を掴んで動きを止める。


「龍宮寺さんっ」


 聞き返しすぎて焦れたのか?

 何度も聞き返して申し訳ないが、質問の意味がわからないんだから仕方ない。


 けど、俺にも聞きたいことがあるんだから昨日みたいに勝手に行かれちゃ困る。昨日も龍宮寺さんが急に行ってしまったせいで聞けなかったのだ。


 明日にしておこうと思ったが、ついでだ。

 部活があるって言ってたのは本当だろうし、そんなに長くは話せないから手短に聞きたいことをきいておく。


「ランニング、来週からで大丈夫ですか?」


「……ランニング?」


 き、聞き返されてしまった。

 もしかしてこれはあれか、その場だけの話題をずっと引きずっていてしまう、俺みたいな陰キャがよくやってしまうあれだろうか。


 それだった場合恥ずかしくて今度は俺がこの場を去りたいんだけど。一目散に家に帰りたいんだけど。


「あ、ああっ。もちろんそれで大丈夫だ」


「よかった、俺だけが覚えてたのかと思っちゃいましたよ」


「そんなわけないっ。わ、私もちゃんと楽しみにしている」


 龍宮寺さんも俺とのランニングを楽しみにしてくれていたらしい。

 それを聞けてよかったよ。危うく今日の予定とか投げ出して家に帰って不貞寝するところだった。


 龍宮寺さんは本当に優しいな。今のところ俺の事を友達として扱ってくれるのはこの学校で本当に稀有だ。


 それでも俺がその稀有な存在の1人である彼女に依存せずにいられるのはひとえに、俺に前世の記憶があるからだろう。

 でなきゃ、ボッチの生活にすら耐えれたかも危うい。


 ニート生活していた記憶とはいえ、経験とは活きるものである。


「それじゃ言いたいことも言えたので帰りますね。部活頑張ってくださいね龍宮寺さん」


「あ」


 咄嗟に握ってしまった手もちゃんと離しておく。俺は手を握っていつまでも離さない月森さんとは違うのだ。


「ん?」


「ああ。ま、またなっ」


「? はい、また明日」


 何か、言いかけた気がしたが気のせいだったらしい。


 龍宮寺さんはそのまま走り去って部活に行ってしまった。早いところ俺も帰ろう。


 龍宮寺さんを引き止めはしたが、やるべき事を忘れたわけじゃない。それにあまりのんびりしすぎると家に帰るのも遅れてしまう。


 いつの間にか、教室に残っているのは俺だけになっていた。

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