第15話 黒髪眼鏡


 やばいかもしれん。自覚がないとはいえずっと無視したみたいになっていた。

 過去、もっさり目隠しスタイルの俺に新学期初日に話しかけてくる人なんて殆どいなかったからな。高校入学したときとか完全に0だった。


「すいません、ちょっと考え事してて」


 言いながら顔を向ける。隣の席に黒縁の眼鏡を掛けた黒髪の大人しそうな少女が座っていた。

 彼女に見覚えはないし、1年生の頃は別のクラスだったんだろう。初対面の女の子をずっと無視してたのか、罪が重くなった気がする。


「私も急に話しかけちゃってごめんね? 本読むの邪魔しちゃったかな」


「いや、そんなことは……」


「まあそんなことより、隣の席になったんだからこれからよろしくね」


 肩の辺りで切りそろえられたボブヘアーを耳にかけて彼女が手を差し出してきた。握手ってことでいいのかな。

 随分と礼儀正しい子である。

 まあ、彼女なら無理に顔を見ようとはしてこないだろう。


「こちらこそ、お願いします」


 断っても角が立つだろうし握手に応えておく。

 なんだか、女子の手を握るってムズムズするな。めっちゃ柔らかいし、女子の手を握ってるって意識しちゃって手汗が出てないか心配だ。


 それにしても大人しそうな見た目してるのに、自分から話しかけてきたり、握手してきたり、随分と活発な子だな。俺には無い物を感じる。

 いや、黒髪眼鏡っ娘が大人しいって考え自体俺の偏見か。


「あ、まだ名前言ってなかったね。私は月森雪」


 月森さんっていうのか。うん、名前も聞いた事ないし、俺が忘れてるとかじゃなければ。


 それよりいつまで手握ってるんだろう。

 ニコニコしたまま、こっち見てるし。


 女子の手を握るだけでこっちはドギマギしているっているのに一向に離れる気配がない。


 そろそろ離した方がいいんだろうけど、俺はもう握ってないのに彼女の方が離してくれない。そろそろ周りの目が気になってくるレベルだ。


 こういう握手って普通一瞬で終わるものよね?

 新学期早々、ずっと隣の席の人と握手してる人だと思われてしまう。こういうのって、周りの人には俺が手を握って離さないと思われてるんだろうなぁ。




 ま、まあ、実際、離してくれないのは俺じゃなくて彼女の方なんだし、俺は悪くない。一先ず、俺も名乗っておくか。そしたら離してくれるかも知れないし。


「俺は、天開紫苑です」


「じゃあ、紫苑くんだね」


 唐突に、彼女の俺の手を握る力が強くなった。え、痛くね? 力強くない?

 軽く痛みを感じるレベルだ。手を握るのはいいけど、これは流石に文句を言った方がいいんじゃないか?


「それでさ、聞きたいことがあるんだけど」


「あの……手」


 言おうとして、彼女の顔がとても真剣なことに気付いて口をつぐむ。


「クロノスという組織に覚えはある?」


 く、クロノス?

 意味が分からないし混乱してる間にも月森さんの手の力が徐々に強くなっていく。もう普通に痛い。これは早く答えないとやばい。


 握力の強い人がリンゴを握りつぶすみたいにこのまま俺の手が握りつぶされそうだ。なんなんだよこの人。

 大人しそうな見た目して中身はゴリラかよ。

 お願いですから離してください土下座するから!


「……な、ないですけど」


 急に意味の分からないことを聞いてきたかと思えば俺の可愛い右手を人質に恐喝とかやってることヤクザじゃないか。新学期早々、隣の席がやばい奴がだった件について。


「そっか、なら大丈夫! 急にごめんね。あ、先生来たね」


 笑顔でパッと手を離して前を向く月森さん。いや、なら大丈夫!じゃないんだよ。


 こっちは手を握りつぶされそうになったんだぞ、説明ぐらいあったっていいだろ。

 俺をやられたまま黙ってるような男だと思ったら大間違いだ。こちとら人生2回目で前世も合わせりゃ、お前なんて小娘もいいところだからな。


 ここは俺の大人力で一言ズバッと言ってやらなければ。


「ねぇ月森さ……」


「先生来たよ紫苑くん」


 目も合わせない。

 おい、隣の席になったんだからよろしくするんじゃなかったのか。そう言ってきたのそっちだろうが、、、。


「月も……」


「先生、来たよ」


 取り付く島もないってこと?

 いじめ?

 陰キャは黙っとけってこと?

 泣いちゃうよ?


 先生、早急に席替えを希望します。



 世の中には2種類の教師が存在する。

 クラス替えの後、しばらくは名簿番号通りの席順で授業をするタイプの教師と、直ぐに席替えをするタイプの教師だ。

 残念ながら、俺の高校2年生の担任の先生は前者だった。


 まあ、怖そうな先生じゃなくて良かった。

 若い女の人で、今年転勤してきた先生らしい。自己紹介で自分でそう言っていた。


 確か……先生の名前なんだっけ。

 明日また確認すればいいか、もう放課後だしな。


 そう、もう放課後だ。


 席順も変わらず、月森さんは大して気にした様子もなく、俺だけが気まずさを感じながら一日が終わってしまったのだ。


 彼女の言っていた、クロノスだったか。

 言葉だけはどこかで聞いたことがあるけど、組織となると別だ。

 クロノスって神話の何かだったような気がするが細かいことは知らない。俺にはそんな神話の雑学なんて持ち合わせていないのだ。


 素直にその通り答えると、月森さんは何事もなかったかのように話を切り上げてしまってその後、俺の方から逆にクロノスについて聞くことは出来そうになかった。

 素直に答えた俺に対するあの仕打ち、いつか必ず恨みは晴らさせてもらう。俺は陰湿なのだ。


 月森さんは放課後になったら何事もなかったかのように「また明日ね紫苑くん」とか言って教室出ていったけど。


 まあ、彼女の言っていたことは気になりはするが、俺にできることなんて現状皆無だ。月森さんに教えてくる気がなければ俺には知りようがない。


 それに彼女が重度の中二病という線がないわけでもない。普通に考えたらそれが一番ありそうだ。

 昨日までの俺だったらそう結論付けできたんだが、喋るぬいぐるみがいる手前、クロノスなんていう中二病チックな組織があることも否定できない。

 考えすぎであってほしいんだがな。


 俺に出来ることがないのもまた事実。

 一旦、黒髪眼鏡ゴリラ少女のことは忘れて俺は目的を果たすだけだ。


 その前に、絵里香が一人で帰るのか、不届き者と帰るのか、女友達と帰るのか見届けなければ。

 幸いにも、この教室の窓からは校門がよく見える。


 一人で寂しそうに帰る絵里香の姿もばっちり見えるはずだ。その時はお兄ちゃんが大急ぎで校門まで走って絵里香に追いついて一緒に帰ってあげるからね。


 放課後ということもあって、校舎から校門までの道をたくさんの生徒が歩いていて遠目からじゃ誰が誰かわからないが、絵里香の綺麗な青髪を俺が見逃すはずがない。

 さぁ、一緒に帰ろう絵里香。

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