第9話 恋した乙女


side 小動物少女



「今の人、凄いイケメンだったなぁ」


 つい、そう言葉が漏れる。

 だけどそれもしょうがないと思う。

 ついさっきまで自分の話していた相手が、この世のものとは思えないぐらいに格好良かったから。


 もうアイドルや俳優なんて目じゃないぐらいのイケメン。


 いつもならどんなに好みの人がいたとしても、いきなり話しかけるなんて事しないのに、あの人を人目見た瞬間、体が勝手に動くみたいに話し掛けずにはいられなかった。


 これが一目惚れっていうのかな。かっこよかったなぁ。


 変なことしないで本当によかった。

 あの人に微笑まれてしまったら誰だって、あの人の胸に飛び込んでしまいたくなるに決まってる。

 人によっては押し倒してしまうかもしれない。

 だってカッコよすぎる。


 いや、私はやらないけど!


 年上のお兄さんを押し倒すなんて、はしたないし、普通に犯罪だ。

 欲望に任せて、押し倒さなくて本当によかったと思う。


 私みたいな初対面の知らない人が、急に話しかけても、ちゃんと応えてくれるような良い人にそんなこと出来ない。

 あれぐらいイケメンなら、毎日色んな人に話しかけられたりして大変だろうに。


 最後に手まで振ってくれていた。

 顔、スタイルだけじゃなく性格までカッコよすぎる。

 あそこまで完璧なイケメン見たことないよ。


 少女漫画の世界から飛び出してきたんじゃないかと思った。


 またあの人と話したいけど、馬鹿な私は名前を聞きそびれてしまった。ああ、馬鹿な自分が恨めしい。


 自分から話しかけた癖に緊張しちゃって、ろくな事が話せなかった。最悪だよ。あの人に変な人だと思われてないかなぁ。

 うぅ、絶対思われてるよぉ。


 同じ学校らしいし、いつか会えるよね。

 次に会えたら、急に話しかけたこと謝らないとな。


 あわよくば連絡先とか交換しちゃったり。

 そこから色々仲良くなれたらいうことなしだ。あの人と出会えただけで、家から近いところにあるこの学校に入学してよかった。


 そろそろ時間もギリギリだから早く教室に当に行かないと。

 時計を見た感じ、少し急げばまだ間に合いそうだ。


 早めに教室に行って友達をつくるっていう目標があったのに、それはちょっと無理そうだなぁ。

 はぁ。


「ねえ!!!」


「えっ!?」


 自分の幸運を噛み締めつつ、教室に向かおうとしていると、興奮気味に声をかけられた。

 それも1人じゃなくて、数人に。

 さっきまで私があのイケメンに話しかけているのを、遠巻きに見ていた人たちだ。


 ど、どうしたのかな。

 もしかして、怒ってるのかな。いや、もしかしなくてもそうだよね。この人たちも話しかけたかっただろうに、私が話しかけちゃったせいで話せなかったんだもん。


 自分の顔から血の気が引くのがわかる。

 謝らないと。


「ご、ごめんなさ……」


「どんな声だった!?」

「かっこよかった!?」

「あの人と知り合いなの!?」


 あ、あれ?

 怒ってるわけじゃない?


「えっと、知り合いじゃないんだけど、凄くかっこよかったから話しかけちゃって……」


「わかる! すごくかっこよかったよね!!」


「うらやましー!!私も話しかければよかった!」


「あ、あはは」


 み、皆テンション高いなぁ。

 まあ、あれだけかっこいい人がついさっきまでここにいたんだもん。女の子ならテンションも上がるよね。

 けど、怒ってなさそうでよかった。


「あなたも入学生よね!?」


「一緒に行こ! あの人と話したこと教えてよ!」


 そのまま数人に囲まれた状態で教室に向かうことになった。

 事情を知らない人には驚かれちゃいそうだけど、入学早々、ぼっちにならずには済みそうでホッとしてる。


 何人かは同じクラスらしく、入学式が始まるまではあの人についてたくさん話すことができた。


 案の定というか、みんなもあの人について興味津々だった。


 その後、無事に入学式は終わったんだけど、妹の入学式だって言ってたから、きっと来ると思ってたあの人は、来なかった。

 いや、来てたのかも知れないけど、あの人に会うことは出来なかった。


 しばらく落ち込んだ。



 入学してから一週間ぐらいがたったけど、あの人にもう一度会うことはまだできていない。


 あの人はこの学校では都市伝説のような存在らしい。


 この学校に在学している事は確かなのに、生徒は誰もその人の詳しいことを知らない。

 知っていることは、髪が青いことと、とんでもないイケメンだということだけ。


 そのことから、先輩方からは、謎のイケメン、青の貴公子、なんて呼ばれてるみたい。

 あのカッコよさを間近で見てしまった私だからこそ、そう呼ばれるのも納得してしまう。


 先輩方が言うには、先生に聞いても、不思議なことに聞かれた先生は何も教えてくれないそうだ。


 過去に、あの人と話すことが出来た人は数人しかいないらしく、そんな人だとは知らずに私は運良くあの人話せてしまった。

 しばらくの間、私が青の貴公子と話したという噂を聞き付けた高等部の先輩方もあの人のことを聞きに来るようになってしまった。


 色んな先輩に話しかけられるのは緊張するけど、良いこともある。

 入学前は友達が出来るか不安だったけど、噂が広まって、そのお陰もあって色んな人と友達になれたのだ。


 これもあの人に会えたお陰だろう。

 欲を言えばもう一度会いたいけど、多分もう会えないんだろうなぁ。

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