第8話 不注意



「ふぅ」


 絵里香の背中が見えなくなって一息つく。

 無事に妹を送り届けることが出来たし、一旦家に帰ろう。


 しかし、危なかった。

 妹が可愛すぎて何度ニヤけそうになったことか。苦節17年、今まで絵里香の前では頼れるかっこいい兄だと思ってもらえるように頑張ってきた。

 今更、妹の前で気持ち悪いニヤけ面を晒すわけにはいかないのだ。


 でもまあ、この顔なら前世なら気持ち悪かったニヤけ面も絵になってしまう。微笑をたたえたクールなイケメンの出来上がりだ。

 前世のニチャアが今世はフフッて感じである。


 なんだか複雑な気持ちになるのは何故だ。


 しかし、相談中に相手がニヤニヤしてたら誰でも嫌だろう。えりかに怒られてしまう。

 最後に絵里香の言った『兄さんならそう言ってくれると思ってた』はやばかった。もう可愛すぎた。

 可愛すぎて絵里香をめちゃくちゃ抱き締めたくなってしまった。急に抱きしめたりなんてしたら絵里香も怒るだろうし、嫌われたら嫌なのでしないけどね。



「あ、あの!」


「ん?」


「き、急に話しかけてすみません!」


 茶髪の女の子が顔を真っ赤にして俺の目の前にいた。

 ふと周りを見ると、いつの間にか数人の人集りが出来ていて遠巻きにこちらをチラチラと見てくる。 

 全員が中等部に入学予定であろう女子生徒だった。


 ん?

 俺、何かやらかしたのか?

 数瞬、なんでこんな事になっているのか考えた末にすぐにその答えに気付いた。


 いつもより、視界が澄み渡っている。


 あ、そういえば今の俺って顔隠してないわ。いつもなら学校とかに来るときは前髪で完全に目元を覆って隠してるのに。

 妹と一緒に家から出てきたからそのまま隠さないできたの忘れてた。完全にうっかりだ。


 というか、絵里香もなんで教えてくれなかったんだよ。家族は皆、俺が普段顔を隠していることを知ってるんだから、家出るときに教えてくれても良かったじゃないか。

 まあ完全に俺の過失だ。

 絵里香と一緒にいたから気が緩んでたな。


 イケメンに転生して前世では考えられないぐらい異性から話し掛けてもらえる様になったが、未だに慣れないんだよなぁ。

 話しかけられる回数が多いお陰で取り繕うスキルだけは身に付いて、変にてんぱったりしないようにはなけども。


 そもそも、この娘は誰だ?

 制服を見るに、えりかと同じ新入生の子であってるだろう。

 見たことないし妹の友達って訳でもなさそうだ。小柄な女の子で顔は結構可愛い。前世なら俺が赤面してるような子だ。


「えっと!こ、この学校に通ってる方ですか!」


「あー、うん。そうだね、高校の方に。今日は妹が入学式でね」


 一応、不審者ではないことを示しておかないとな。

 妹の入学式に不審者だと勘違いされたら大変だ。明らかに入学生じゃないやつが校門に立ってたら怪しまれもするだろうし。

 とりあえず怪しまれないように取り繕っておこう。


「そ、そうだったんですね!」


 この子凄い緊張してるな。熱があるんじゃないかってぐらい顔赤いし、眼が泳ぎまくってる。

 これから告白でもしそうな勢いだ。

 過去に初対面で告白されたことがある身としては笑い事じゃない。


「うん、君も新入生だよね。入学おめでとう」


 とりあえずこういうときは愛想笑いだ。軽く微笑んでおこう。

 困ったら愛想笑い、笑顔は世界を救うのだ。

 周りで俺のことを見ていた人だかりから、黄色い声が上がった。


「あ、ありがとうございますぅ」


 目の前のこの子は俯いて小さくなってしまった。

 えっと……どうしよ。


「モ、モデルとかされてるんですか!?」


「い、いや、やってないよ?」


 急に顔を上げたと思ったら、変なこと聞いてきた。こんな性格でなれるわけないだろ。うん初対面だったわ。


 可愛らしい子なんだが、微笑ましいというか、小動物地味た可愛さがある。

 あんまりここに長居はしたくないし、このままだとこの子も周りの子たちも入学式に遅刻しちゃうし、ちょっと強引だけど帰らせてもらおう。



「そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ?」


「あ!そ、そうでした」


 時計を確認してアワアワしてる。もしも妹と同じクラスになったら仲良くしてほしいものだ。


「それじゃあ、僕はそろそろ行くね」


「は、はい!」


 よし、今度こそ帰ろう。

 とりあえず、めっちゃ見られてるし周りの女の子にも軽く手を振っておいて、女の子たちの黄色い声を背中に聴きながら、足早に校門から離れる。


 あの子は結局何がしたかったんだろうか。ただ軽く話して終わった。連絡先とかも聞かれなかったしな。


 いや、連絡先どころか名前すら聞かれなかったわ。な、何がしたかったんだ?



 あー、それにしても失敗したな。

 顔を隠してないのを忘れてた。それ以前に顔を隠すのを忘れてたのが問題なんだけどさ。直前まで妹といたから、家の中の感覚が抜けてなかった。


 俺も男だ。女の子に声をかけられるのは、正直嫌いじゃない。けどあんまり多いと気分は良いが中々に疲れる。

 イケメンに生まれたのは良いんだが、イケメン過ぎるのも困り物だ。いや気に入ってるけどさ。

 前世引きこもりだった俺には大勢の女の子の相手はハードルが高い。


 だからと言って女の子相手に素っ気ない態度を取る勇気は俺にはない。自分の小心者加減が恨めしい。格好悪いところは見せたくないというか、いい恰好したくなってしまうんだよな。

 やれやれだぜ。


 歩きながら、上げていた前髪を下ろして顔の上半分を隠しておく。

 よし、これでオーケー。

 所謂、目隠れギャルゲー主人公スタイルだ。

 こうしておけば顔を見られることもなくなるし、人も寄り付かなくなる。話しかけられなければ周りに気を使う必要もなくなるのだ。


 心置き無くぼっちを謳歌できる。1人でいることが落ち着いてしまうレベルには俺の引きこもり生活は長かったらしい。


 俺の髪は妹の髪と違って母親の遺伝で毛先が軽くカールしているので、セットしなければモッサリとした仕上がりとなるのだ。

 妹の直毛も憧れるが、この髪質の方が顔を隠しやすいから問題は無い。


 こうしておけば、誰からもイケメンには見えないはずだからな。精神的に楽だ。

 普段、高校に通うときはずっとこのスタイルだ。俺は平穏な学校生活を送りたいからな。


 学校の中で変な輩に絡まれても困る。


 小学校低学年の間は普通にしていたが、3年生辺りから徐々に前髪を伸ばしていったのだ。

 とある事件があってから、先生が髪型に対して文句を言ってくるようなこともないから平穏この上ない。

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