第7話 入学式


「大丈夫?忘れ物はない?ティッシュとハンカチはちゃんと持った?」


「もう、お母さん心配し過ぎだよ」


 今日は日曜日、そして記念すべき妹の中学校への入学式だ。

 絵里香が今日から通うことになる学校は、中学校と高校が同じ敷地内にある一貫校。

 俺はそこの高校に通っていて今年で2年生だ。

 要するに今年から絵里香と同じ学校に通うことができる。校舎は別だし、登下校以外で会うことは殆どないだろうがそんなことは些細なことだ。


「昨日のうちにちゃんと準備してたから大丈夫」


 小学校で生徒会に入ってからは甘えん坊はなりを潜め、クールな子になってしまった。


 絵里香の甘える姿が見られず若干の寂しさを覚えるが、甘んじて受け入れよう。お兄ちゃん大好き!と抱きついてきた妹は俺の記憶の中で永遠に生き続けるのだ。そして成長して絵里香も可愛い。


 お母さんのカールした髪とは違い、癖のないサラサラとしたロングヘア。

 腰まで伸びた綺麗な長い青髪と綺麗な顔立ちが大人っぽい印象を与えて、全体的に高嶺の花って感じである。

 少し前までランドセルを背負っていたとは思えないぐらいに中学校の制服が似合っている。


 絵里香は小学校では生徒会長を務めていた優等生。中学校でも生徒会に入るつもりらしい。

 お兄ちゃんとしては自慢の妹だ。


 膝に乗せて絵本を読んであげていたときからもう10年か。まったく、大きくなったなあ。


「ちょっと、兄さんはなんで泣いてるの!」


「いや……嬉しくて」


「妹の入学式に泣く人なんていないよ。ほら、これで拭いて」


 絵里香がハンカチを渡してくれる。ええ子や。うちの妹ええこやでえ。

 甘えん坊ではなくなってしまったがとても優しい子に成長した。


「悪い、ハンカチ濡らしちゃったな。今新しいの取ってくるから」


「このままでいいよ。気にしない」


「いや、でも嫌だろ?」


「そこまで濡れてないし気にしないってば」


 絵里香は変なところで頑固なところがある。絶対に別のハンカチの方が良いと思うんだけどな。


「むしろ……」


「ん、どうかしたか?」


「なんでもないよ!」


 プイっと顔を背けてハンカチを取られた。何か言ってた気がするが、声が小さくてよく聞こえなかったな。


「もう行くからね!」


 そろそろ時間か。

 新入生は保護者より先に学校に行っていないといけないからな。


 そこで新たなクラスメイトたちと顔を合わせるわけだ。

 担任の先生から軽く挨拶と段取りの説明がある。そこから体育館に移動して入学生だけの簡単な練習をしたら、また教室に戻る。

 その後に保護者が入れるようになるのだ。そして新入生入場。


 入学式の主役は新入生だからな。主役は多忙だ。


 自己紹介なんかは入学式の次の日だったはずだから、その辺の心配はしなくてもいいのが救いか。



「わたしたちは10時から入れるのよね。時間になったら行くから、頑張ってくるのよ」


「うん、行ってきます」


 表情が固くて絵里香もなんだかんだ緊張しているみたいだな。

 これから自分の生活の中心となる環境に行かないといけないのだ。緊張もするだろう。自分の環境が変化するってだけで少なからず緊張するしな。


 前世も今世も、入学式の日なんかは変に緊張したのを覚えている。

 自分がこれから中学校でやっていけるのか、友達は出来るか勉強にはついていけるか、かなり不安だったものだ。


 多分、絵里香も不安なのだろう。絵里香なら心配する必要は無いと思うけど、絵里香は人より心配性なところがあるからな。


「よし、校門まで送るよ」


「え? でも」


「いいからいいから、それじゃ母さん行ってくるね」


「えりちゃんもしおんちゃんも気をつけて行ってくるのよ」


「あーもう、行ってきます」


 少し強引に妹の背中を押して玄関を出る。

 軽く話しながら行けば緊張もほぐれるだろう。



 俺にとっては歩き慣れた道。絵里香にとっては、今日から毎日歩くことになる初めての新鮮な道。

 小学校は家から真反対だからな。


「もう、別に1人でも行けたからね?」


「はいはい、少し歩きたくなっただけだよ」


「……でも、ありがとう」


「ああ」


 俺をちらりと見てお礼を言う絵里香も天使だ。

 それからは、しばらく無言で歩いた。


 大変なこともあったが転生してから毎日が幸せすぎて逆に怖い。


 幼少の頃からの不安要素だった身長も伸びて、今は高校2年生で180cm越えだ。前世はあまり高い方じゃなかったからな。見える景色が違いすぎて驚いてる。


 俺は無事に高身長イケメンになることが出来たし、見上げてくる絵里香も可愛い。

絵里香の首が痛くならないかだけ心配である。


 ああ、幸せだ。

 叶うならこの天使と毎日一緒に学校に通いたいが、絵里香は友達と通うことになるだろうから今日だけなんだろうなぁ。


 悲しいが我慢だ。


 しかし、俺は身長が高くて目立つ上に、自慢じゃないが俺も絵里香もかなり顔が良い。絵里香に関しては自慢だ。

 制服姿も天使だ。

 絵里香の可愛さはとても周りの目を引く。身長の高い俺が横にいることも合わさっているだろうが、今もすれ違う人たちの視線が集まっている。


 まだまだ子供だが、絵里香も徐々に大人っぽくなってきてナンパとかされないかお兄ちゃんは不安だよ。

 絶対に1人で登校するのは阻止しよう。


 俺の可愛い天使に手を出そうものなら、その時は女神からもらった力が火を噴くぜ。


 優れた容姿というのはそれだけで周りの目を惹く。

 俺も転生して文句無しのイケメンになったが、絵里香の美しさには負ける。それでも人より目立つことに変わりはないわけだ。

 普通に生活しているだけで人の視線が集まるようになってしまった。


 女神にイケメンにしてくれと願ったのは俺だが、前世引きこもりだった身としては、いつまで立っても注目されることには慣れない。はっきり言えば苦手だ。

 多くの人に注目されるとそれだけ面倒なことが起こりやすくなる。

 簡単にいうと前世なら話しかけてこなかったような人種が積極的に話しかけてくるようになるのだ。家の中が大好きな俺としては面倒極まりない、

 やはり、家の中が落ち着く。


 そんなことよりもだ。ずっと無言ってわけにもいかないよな。絵里香の緊張を少しでも解きたかったんだが、今のところ、本当についてきただけだ。


「そう言えば」


 先に口を開いたのはえりかだった。


「父さんずっと寝てたね」


 呆れたように息を吐いている。朝の見送りに起きてこなかったのが不満らしい。


「まあ、父さん休みの日は起きるの遅いし、昨日も夜遅くまで仕事みたいだったしな」


 息子としては父が倒れてしまわないか心配である。春は特に仕事が忙しいらしいからな。


「入学式までには起きるさ」


「だといいけどね」


 やれやれと首を振っている姿も可愛らしい。お兄ちゃんにやにやしちゃいそうだよ。

 多分、えりかも父さんのことが心配なんだろう。えりかはとても優しい子なのだ。


 実は父さんが昨日夜遅くまで仕事だったのは、本当なら今日までかかる予定だった仕事を絵里香の入学式を見たいが為に終わらせようと頑張ったかららしい。

 父さんって涙腺弱いから入学式で絶対に感動して泣くわ。俺も泣く。



「……兄さん」


「どうした?」


「私、中学校でやっていけるかな」


 横を歩く絵里香を見ると、暗い顔をして俯いていた。

 昔から絵里香は一人で溜めこみがちだからな。やっぱり着いてきてよかった、1人で溜め込むよりも誰かに話した方が楽になる。


「絵里香は心配性だな」


「心配しかないよ。私は兄さんみたいに何でも出来るわけじゃないもん」


 んん? 言葉に棘があるのは気のせいだろうか。

 けどお兄ちゃんもなんでも出来るわけじゃないぞ。絵里香からの信頼が厚すぎてお兄ちゃん驚きだよ。


「そんな事ないけどな」


「そんなことある。兄さんいつもテストの点数高いし、苦手なこととかないじゃん。私も兄さんみたいになりたいけど……」


 それは人生2周目っていうズルがある上にこの体のスペックが謎に高いからだ。勉強は前世に1度学んだことばかりだし、今世の体は記憶力が良くて覚えたことは殆ど忘れない。


 それでも慢心せずにいれたのは絵里香の存在があったからだと俺は思ってる。絵里香は俺なんかよりもよほどしっかりしている。

 成績優秀なうえに小学生の間から生徒会に所属して、周りの人のために行動できる人間だ。


 そんな絵里香にとって、頼れる兄になりたくて学校での勉強には力を入れていた。

 そのせいでいつの間にか、えりかの中の俺が完璧お兄ちゃんになってしまっていたようだ。


 けど、勉強ができるかどうかと、頭の良し悪しは関係ない。


「俺もなんでもは出来ないよ。それに」


 俯いているえりかの頭を撫でる。


「えりかなら大丈夫だよ」


 思い悩む妹が愛らしい。


「むぅ、そうかな」


 えりかは心配性だな。

 人生2周目のアドバンテージがあった俺と違って、えりかは本当に優秀だ。前世の俺なんかと比較にもならない。

 俺よりも頭がよくて、勉強に関しても理解がとても早い。昔から運動も得意だし、周りの人への気遣いもできる。

 俺からすれば、なんでも出来るのは絵里香の方だ。それに可愛い。おいおい、俺の妹完璧じゃないか。


「ああ、俺みたいになる必要なんてないよ。絵里香は絵里香が思ってる以上にしっかりしてる。しっかりし過ぎてるぐらいだ。だから、今のままの絵里香で大丈夫だよ。もしも何かあったら、その時は俺が何とかするから」


 頭を撫でながら出来るだけ優しく言う。


「ふふっ、兄さんならそう言ってくれると思ってた」


 俺の答えに満足したのか、俯いていた顔を上げて歩き出した。もう暗い顔はしていなかった。

 結局俺は大したこと言えなかったが、えりかは嬉しそうに微笑んでいた。天使だ。


「それに、えりかの方が俺より上手くやれるさ」


「兄さん友達いないもんね」


「おい」


「ふふふっ」


 無事に緊張が解けたみたいでなによりだよ。

 他愛無い話をしているうちにあっという間に校門に辿り着いた。



「じゃあ、頑張ってこいよ」


「うん、また後で」


 絵里香は俺に小さくお礼を言うと、そのまま校門の中に入って行くのを軽く手を振って見送った。



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