第10話 エンカウント

「おい、天開」


 そろそろ家に着きそうって所で背後から女性の声。

 折角、顔を隠したのに早速絡まれたらしい。


 今日は随分と人に声をかけられる日だ。

 まだ二人目だけどさ。にしても早朝から人とたくさん話すのは疲れる。

 今日、日曜日だよな?


 安息の地へといつまで経っても辿り着かないじゃないか。


 さっきとは違って、声の主は俺の知り合いなのが幸いと言えなくもないが。声の掛け方が不良の難癖の付け方だ。これで本人に悪気がないのだから困る。

 家まであと少しなので無視して帰りたいが、後が怖いから渋々後ろを振り返った。


「何か用ですか、龍宮寺さん」


「お、お前に用なんてない!ただ、お前がこんな時間にこんな場所で何してるのか気になっただけだ!」



 それだけ言って顔を赤くしてプイっと背けてしまった。

 こんな時間と言っても午前8時だよ?

 まあ、普段の俺ならこの時間、というか休みの日は家から出ないけどさ。


 前髪の隙間から覗くと、腕を組み不遜な態度で顔を背けたまま横目に睨み付けてくる同じクラスの龍宮寺さんが見える。


 綺麗な緑色の髪をポニーテールに纏めた美少女。

 剣道部のエースで中々に正義感の強い性格で、例えるならば侍とか騎士って感じ。学校でも有数の美少女だが、めんどくさい性格の人だ。うん、めんどくさい人だ。


 これで俺が顔を隠してない状態なら、龍宮寺さんが俺のことを好きなツンデレだと思えただろうが、十中八九それはないだろう。

 今の俺、目隠しもっさりスタイルだし。というか龍宮寺さんの前で素顔を晒したことないからな。


 俺みたいな顔だけ良くて中身はニートなおっさん高校生が顔を隠したら、ただのニートおっさん高校生、そんな奴を好きになるわけがない。


「お前のことだ。またろくでもないことをしているんだろう」


「いや、ろくでもないことってなんなんですか」


 言い掛かりも甚だしい。ただ道を歩いているだけでこの言い様だ。なんだろくでもないことって。


 高校入学してしばらく経ったとき、色々あって話す機会があったんだがそれ以来何故か絡まれるようになってしまった。

 別に顔を見せたわけでもないのになんでだ?

 まあ、ぼっちの俺の数少ない友だちの一人だ。

 面倒事は嫌いだから顔は隠すし、人目につくところではあまり話さないが。


 もしも俺の顔を見てしまった日には俺の【確殺】が火を噴くぜ。


 この能力があるから最悪どんな相手でもやろうと思えばやれてしまうから恐ろしい。

 いや、やらないけど。クラスメイト殺したりなんてしたら大問題だ。

 使う機会があるとすれば、山で熊に襲われたり凶悪犯がナイフやら拳銃を持って現れたりしたときぐらいじゃないかな。


 それに龍宮寺さんなら俺の顔を見ても普通に接してくれそうだし、他の人にも黙っていてくれそうな気がする。見せないけどな。


「龍宮寺さんこそ、こんな時間にどうしたんですか?剣道部も日曜日はお休みじゃなかったでしたっけ」


「私は日課のランニングだ。ここは私のランニングコースだからな」


 日曜日の朝にランニングなんて、休みの日は基本的に家から出ないでゴロゴロしてる俺とは大違いだな。日課って事は毎日やってるんだろうし。


 龍宮寺さんは学校でも上位に位置するレベルの美少女で、部活でも活躍していてクラスメイトからの人望もあり、成績も良い。

 成績が良いだけのぼっちな俺とは、住む世界が違う。


「な、なんなら、お前も一緒にどうだ? 」


「どうだ、ってランニングですか?」


「そ、それ以外にないだろう!」


「それは、一緒にってことですか?」


「そ、そうだ」


 顔を背けたまま、ランニングに誘ってくれているらしい。

 正直、俺にはこの剣道女子が何を考えてるのかわからんが、今世は割と運動神経に恵まれてるし、鍛えたりランニングするのは悪くないだろう。

 けど、本当になんで誘ってくれるのかわからん。


 前世は立派に10年間引きこもりをしていたが、今世は人並みに女性に話しかけられたりしてきたから女の人の気持ちも少しはわかるつもりだ。俺なんかが顔も見せていない相手に惚れられているなんて、そんな自惚れはしていない。


「まあ、今日は遠慮しておきますけど、体力は欲しいですし。龍宮寺さんさえ良ければ考えておきますね」


「そ、そうか! いや、べ、別にお前とランニングがしたいわけじゃないからな! お前の運動不足を解消してやろうと思っただけだ!」


 ツンデレみたいなこと言い出したな。

 一度嬉しそうにこっちを見たかと思えば、またすぐに顔を逸らしてしまった。


 嬉しそうにしてくれたって事は嫌々誘ったわけではないらしい。クラスメイトの体力不足の心配とは、面倒見がいいというかなんだかな。

 人望があるのも当然だろう。


「そ、それでだな。この後は暇か?」


 話は終わらないようだ。

 ランニングの最中なのに止まって立ち話してても良いのかね。

 それに龍宮城さんには悪いけどこの後は妹の入学式というビッグイベントがあって空いてないんだよな。


「私のランニングもそろそろ終わるからもし良かったらなんだが、一緒に、、、」


「あーすいません、今日は妹の入学式があって」


 申し訳ないけど、この予定は外せないからな。


「む。そうか。それなら……しょうがないな」


 俯いてしまった。

 ……落ち込んでる?


 俺みたいなもっさり陰キャに誘いを断られて龍宮寺さんが落ち込むわけもないだろうが、美少女にそんな顔されたら悪いことをした気になってくるな。


 なんの誘いかぐらい聞いて置けばよかったか。

 無性に罪悪感が湧いてくる。


「じゃあ……またな……」


「……あ」


 止める間もなく行ってしまった。


 仕方ない、学校で会ったら何の誘いだったか聞いておこう。

 でも1年生までは同じクラスだったが今年も同じクラスになれるかはわからないんだよな。


 龍宮寺さんは顔を隠した状態で声をかけてくれる数少ない友人の1人だ。きっと友人だ。外で見かけたら話しかけてくれるぐらいには友人なはずだ。


 陰キャだからって言い訳するのはやめよう。俺が陰キャかどうかなんて関係ないよな。

 友達に誘いを断られたら、落ち込む。

 落ち込んでたってことは、龍宮寺さんは俺のことを友達だと思ってくれているんだろう。


「今度、遊びにでも誘ってみるか」


 前世も合わせて、女の子を遊びに誘ったことなんてないが。

 一度誘われたのを断ってしまったんだ。それのお詫びというかなんというか。まあ勇気が出たら、の話だ。うん誘えたら誘おう。


 ……誘えるかなぁ。

 よし、2年生も同じクラスになったら誘おう。

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