第12話 クマ
「あれ、誰か起きたかな」
トイレを済ませて手を洗っていたら、二階から扉の開く音が聞こえてきた。
俺がトイレに起きてきた音で起こしちゃった可能性がある。こんな時間まで起きてる人なんて我が家にはいないからな。うちの家族はみんな健康的なのだ。
「降りてこないな。気のせいか?」
誰かが降りてくると思ったんだけどな。一向に誰も降りてこない。
扉の開く音ってのがそもそも俺の勘違いだったのかね。まあ、気のせいならいいか。さっさと部屋に戻って寝てしまおう。
そのまま手を拭いて真っ暗な階段を踏み外さないように慎重に歩いた。
その間、音は一切立てない。前世は完全夜型人間。夜中に家族を起こさないように、癖になってんだ音消して歩くの。
「あれ? ……開いてる」
部屋に戻ろうと階段を登ると、えりかの部屋の扉が開いているのが目に入った。音がしたのは気のせいじゃなかったのはいいが、電気もつけずに何をやっているんだ?
ドア開けてまた寝たわけでもあるまいに。ドアを開けるほど暑くもない。逆に寒いぐらいだ。
まあ寝惚けてたんだろうな。しょうがない、天使が風邪をひいちゃ可哀そうだ。閉めといてあげよう。
「ぼくは───ら来た──ぽこ」
「……?」
絵里香の部屋の中から、聞いたことのない声が聞こえてくる。
誰の声だ? 絵里香の声ではない。
聞き覚えのない声に耳を澄ませる。耳に残るような甲高い子供染みた声だった。
開いている扉から、えりかの部屋の中を覗く。
「っ!」
驚いて声が出そうになり咄嗟に口を抑えた。
ぬいぐるみだ。水色のくまのぬいぐるみ。
そうとしか言い様のない存在が2本の足で立っていた。
だが、明らかにただのぬいぐるみじゃない。
喋っている。ぬいぐるみみたいなのに、生きているみたいに喋って動いている。
そいつがベッドの上で体を起こしている絵里香に声を掛けている。話しかけられている絵里香も驚いた顔をしている。絵里香の予期していた事態じゃないんだろう。
何だこの状況は。
ぬいぐるみも絵里香も俺には気付いてないみたいだな。
「きみに助けてほしいんだぽこ。ぼくはこれから、わるいやつと戦わないといけないんだぽこ」
「えっ、な、なに? どういうこと」
絵里香もてんぱってる。そりゃいきなりあんなのが話しかけてきたら驚くが、会話の内容が穏やかじゃない。
悪い奴と戦わないといけないって言ったか?
それがなんだか知らないが、なんで絵里香の助けが必要なんだ。
「きみには、魔法少女になってわるいやつとたたかってほしいぽこ」
は?
理解が追い付かないんだが、魔法少女ってあの魔法少女か。俺の想像するあれであってるよな。
絵里香の魔法少女姿は見てみたい気もするが。
「やつらはこの世界を滅ぼそうとしているぽこ。とてもあぶないやつらなんだぽこ」
危ない奴はお前だ。
このぬいぐるみは絵里香を世界を滅ぼそうとしているようなやつと戦わせようとしてやがるっていうのか。
「……な、なんで私なの?」
絵里香も困ってるじゃないか。
「ぼくの直感ぽこ! きみ以外いないぽこ! それに悪い話でもないぽこ、悪いやつの親玉をたおしてくれた暁には女神さまがどんなねがいでもかなえてくれるぽこ」
うん、だめなやつだこれ。どんな願いも叶える代わりにさせられることなんてよっぽどのことだろう。
それに変なぬいぐるみの直感で大切な妹を戦わせられるとかたまったもんじゃない。
このままじゃ絵里香が世界を滅ぼそうとしてるような奴と戦う羽目になるんだぞ。
絶対に危険だ。絵里香には危険な目にあってほしくないから。
けど、俺が嫌だからって理由で絵里香が魔法少女になるのを止めてもいいのか?
もしも絵里香が魔法少女になりたいと言い出したら、俺にそれを止める権利があるのか?
止めたいが、絵里香がやりたいというなら無理には止められない。絵里香が断ることを祈るしかない。頼むから断ってくれ。
くそ、俺は見ていることしかできないのか。
絵里香は俯いて少し考えた後、顔を上げた。
「で、でも、私じゃ戦うなんで無理だよ。だから、他の人に頼んでください」
絵里香は自信なさげに視線をさまよわせながら、だがはっきりと断った。
えらいぞ絵里香!
思わずガッツポーズしてしまった。まあ、流石は俺の可愛い妹だ。小さいころから知らない人にはついて行っちゃだめだって教えてきたからな。
絵里香なら断ってくれると信じてたぞお兄ちゃんは。
「君なら大丈夫ぽこ! 全然もんだいないぽこ!」
こっちに問題あるんだよ!
くそ、こいつ話聞かないやつだ。
せっかく絵里香が断ったのに意味をなしていない。どうする。どうすれば止められる。このままじゃ、絵里香が強制的に魔法少女にされる未来が見える。
俺の可愛い妹がわざわざ危険な戦いに身を置く必要がどこにある。妹が傷つくかもしれないのに、何もしない兄がどこにいる。
そうだよ、俺にはあいつを止められる力があるじゃないか。
そもそも今起きてることが全部俺の見てる夢っていう可能性もあるんだ。なら、俺は後悔しない方を選ぶ。
「僕と契約して魔法少女に……」
喋りながらぬいぐるみが淡く輝く出し、少しずつ絵里香に近づいている。もう考えてる暇なんてない。
こいつと契約して魔法少女なんかになったら絶対に絵里香が危険な目にあう。それだけは絶対にダメだ。
絵里香がはっきり断った。なら俺は絵里香を守るだけだ。
「ああ、くそ!」
女神の言っていた言葉を思い出した。確かにあの女神は、魔法の存在する世界だと言っていた。
結果的にそれは本当だったらしい。
あんな喋るぬいぐるみや、魔法少女なんてのがいるくらいだ。
畜生、人が折角魔法とか諦めて普通に生活しようとしてるってのに。魔法の存在する世界だからって、絵里香が戦わないといけないっていうならそんなものはいらない!
俺は駆け出して、そのまま。
「ダメに決まってんだろー!!!」
一気にそのぬいぐるみを踏み潰した。
人を魔法少女にできる力があるような奴だ。踏み潰した程度で仕留めきれるなんて思っちゃいない!
今まで使い道のなかった危険な能力。
使うなら今しかない!
【確殺1/1】
こいつは殺してでも止める!
【確殺0/1】
ポフンッ
俺に踏まれたことで変な煙と共に水色のくまは消滅した。
女神から貰った能力だ、殺し損ねたなんてことはないだろう。こうでもしないとあいつは止まらなかっただろうからな。
「兄さん!!?」
よし、これで妹を危ない目にあわせる奴は消えた。初めて使ったが、女神からもらった能力が発動した実感がある。
やった、やったぞ。
これでもう、えりかが危険な目にあうことはない。
「ふぅ」
一先ず、危機は去った。
「……兄さん?」
あ、えりかへの説明とか考えてなかった。
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