第13話 翌日

「ねえ、本当に覚えてないの?」


「あ、ああ。なんの事だかさっぱり」


 深夜に謎のぬいぐるみが現れた翌日、昨夜のことは何とかごまかすことに成功した。朝食の場でぬいぐるみについて聞いてくる絵里香に対して何も覚えていないことを装っている。

  全て夢だった作戦だ。


 時間帯もそうだが、それ以上に事が事である。深夜にぬいぐるみが話しかけてくるなんて夢である方が現実的だ。


「本当かなぁ?」


 朝食を食べる手を止めて絵里香が首を傾げている。

 まあ、まだ疑ってるっぽいが、俺は家族の平穏のためにもこのまま白を切り通す。


 本当のこと言うったって何言えばいいのかわからんし、このまま夢だったと思ってもらえるのが一番だ。


 あのぬいぐるみのことも、魔法少女のことも今の俺には知らないことが多すぎる。それらに関しては説明のしようがない上にあのぬいぐるみを消した力について話すには、転生したことから話さないといけないだろうからな。


 いつか話さなければいけないような事態にならない限り、転生云々に関しては墓まで持っていくつもりである。


 そう考えると、夢オチが最も平和な解決策だ。

 俺の望みは、絵里香が平穏な生活を送ってくれることに尽きる。だから俺は、訝し気な視線を送ってくる可愛い妹をスルーして朝食を食べ続けるのだ。


「ほら、早くしないと初日から遅刻するぞ?」


「むう、夢だったのかな?」


「入学式で疲れてたんだよ」


 むむっと唸っている絵里香も可愛いが、ぼろが出そうで怖いので早く忘れてほしい。覚えてないふりをし続けるのも疲れる。


 とにかく今日は学校に行って新たなクラスメイトとの対面を果たさなければならないし、昨日手に入れた新しい能力の検証は放課後になりそうだな。


 昨日の出来事は、ぬいぐるみが消えた後のことも含めて不思議なことのオンパレードだった。



『……兄さん?』


 俺は、妹を魔法少女に勧誘していた変態ぬいぐるみを踏み潰した。

 ただ、そのことに関するえりかに対する説明を考えていなかったのだ。本当に頭抱えて悶えたい。


 絵里香が驚いた顔で俺を見て、口をぽかんと開けている。

 だめだ、驚いた顔も可愛いが本当にそれどころじゃない。

 絵里香からすれば、急に兄が部屋に入ってきたかと思えば喋るぬいぐるみを踏み潰したのだ。混乱もする。うん、喋るぬいぐるみの時点で混乱するわ。

 俺だって混乱する。


 状況は、悪い。


 折角あのぬいぐるみから絵里香を守ることができたのに、このままじゃ俺が不審者だ。不審者は言い過ぎにしても奇行には違いない。深夜に妹の部屋に侵入してぬいぐるみを踏み潰す兄とか怖すぎる。


 くそ、俺にできることは何かないか。この状況を何とかするためにできることを探さないとまずい。

 何とか誤魔化せないか、、、?

 よし、一か八か。


『ど、どうしたんだ? こんな時間に』


 どの口が言う、俺。


『い、今の何だったの?』


 尤もな疑問だ。しかし詳しいことは俺にもわからん!


『ん? な、何のことだ?』


 は?って感じだ。

 けどしょうがないじゃないか、説明なんてできないんだから。


 今起こったことは全て絵里香が夢でも見ていたと思ってもらうことにしよう、うん。俺もそう思いたい。


 それに対してえりかは、ムッとした顔で俺を睨んできた。俺が有耶無耶にしようとしていることに気付いたらしい。うん、誤魔化せませんよね。うちの妹そんなに馬鹿じゃなかったわ。


 話してくれるよねって感じの怖い目で見てくる。冷や汗が止まらん。やめて、兄さん本当に何も知らないの!


 どうすればいい、どうすればこの状況を治められる。何とか上手い言い訳はないもんか。

 困ったことにいい案が何も浮かんでこない。


 あの青ぐまを踏み潰したのはやりすぎだったんじゃないかという考えが浮かんでくる。

 冷静に考えればいきなり踏み潰すとか有り得ないだろ、馬鹿か。


 つい数分前の俺だよ、馬鹿は。

 しょうがないだろ、妹のピンチにもう形振り構ってられなかったんだから。

 あのぬいぐるみを消す手段があったことがいけないんだよ。妹に近付く変態がいて、それを消す力があれば、兄なら皆消すはずだ。




『……兄さん!』



 顔を上げて絵里香の顔を見ると先ほどとは違い、不安そうな顔で俺のことを見ていた。


 ああ、本当に馬鹿だ俺は。

 真夜中に喋るぬいぐるみに勧誘を掛けられて、無理やり変な契約させられそうになって絵里香も怖かったはずだ。

 それなのに俺は、ごまかすことと言い訳ばかり考えて一人でだんまり。


 現実逃避は前世で充分やってきただろ。


 何してんだ俺は。

 今世はかっこいい兄さんになるんじゃないのか。かっこいい兄さんを目指してんなら可愛い妹を不安にさせちゃダメだろ。


『助けて、くれたんだよね。さっきのなんだったの? 魔法少女とか変なこと言ってたし、兄さん踏み潰してたけど大丈夫なの?』


 流石、俺の可愛い天使。

 さっきの今でもう状況を把握しようとして俺の心配までしてくれている。俺なら混乱しておしまいだろう。


 俺がするべきは現実逃避じゃない。

 絵里香を守ることだ。


『大丈夫、絵里香が不安に思うことは何も無いよ』


 絵里香を安心させるようにそう告げた。


『大丈夫、大丈夫だよ。何があっても兄さんが何とかするから、絵里香はもう眠ってゆっくり休むんだ』


 絵里香を安心させようとそう言葉にした瞬間、唐突に疲労感に襲われた。肩にずっしりと不快感がのしかかってくる。

 自分の身体から何かが少し抜けたような感覚。


『……っ! なんだ?』


『にい、さん』


 ハッとして絵里香の方を見ると、先程までハッキリと起きていたはずの妹が寝息を立てて意識を失っていた。


『……すぅ……すぅ……』


『ね、寝てる、のか?』


 ついさっきまで起きていたと思えないぐらいに穏やかな顔でぐっすりだ。完全に眠っている。


『一体何が……』


 疲れてたにしちゃ急過ぎる。

 もしかしなくても、今の疲労と何か関係があるのか?



 あの後、声を掛けても全く反応がなくてかなり焦ったが朝になったら普通に起きてきたのでほっと一安心である。眠り姫よろしく目を覚まさなくなったら一大事だからな。


 その場合、お姫様を眠らせた魔女は俺になってしまうんだけども。


「兄さん?」


「ああ、ちょっと考え事してた。どうした?」


 学校に行く準備を済ませ、若干呆れの含んだ表情でこちらを見る絵里香。可愛い。


「どうした、じゃなくて学校行くよ?」


 絵里香が眠りについた後に、自分の能力を確認してみると大きく変化があった。

 結論から言うと能力が幾つか増えていたわけだが、それだけじゃなく、絵里香を眠らせたのは俺かもしれない。


 それらに関しては、今日の放課後、学校が終わった後にでも検証も含めて確認してみよう。


「よし、それじゃ行くか」


 家を出て学校への通学路を二人で歩く。

 ふふ、どうやら今日はまだ友達と一緒に登校するわけではないようだ。横を歩く天使と楽しく話しながら歩く。


 去年までと違って朝から天使と一緒にいることができるからなのか、今とても謎の充足感を得ている。今なら何でも出来そうというか、元気いっぱいだ。

 これが幸せっていうんだろう。


「兄さん、今年もそれで学校行くんだね」


「ん、それって?」


「髪型だよー」


「ああ。ずっとこれだったから、なんか落ち着くんだよな」


「昨日上げたまま学校についてきてくれたから今年から前髪上げていくのかと思ってた」


 それはただうっかりしてただけだ。

 昨日は絵里香と一緒だったから間違って前髪を上げた状態で学校に行ってしまったが、今回抜かりはない。これからは絵里香と学校に行ける機会が増えるんだ。もう昨日みたいなミスはできない。

 しっかりと前髪で目元を覆ってがっちりガードしている。もっさり目隠しスタイルだ。

 ふふ、この状態の俺に隙はないぞ。


「……よかった」


「いや、入学式では前髪おろしてただろ?」


「まあ、急に普段のまま学校行ったら騒ぎになりそうだよね」


「案外、誰も気にしなかったりしてな」


「それはないよ!」


「そ、そうか」


 確かに、昨日みたいな人のたくさんいる場所に行くと囲まれてしまうんだが。家の近所歩くぐらいならチラチラ見られるぐらいで済むんだけどな。


 女神にイケメンにしてくれと祈ったのは俺なのだ、甘んじて受け入れよう。隠しはするけども。


 今までの努力の甲斐もあって、高校には俺の素顔を知ってる奴は殆どいない。お陰で平穏な高校生活を送れているのだ。

 外で高校の知り合いにあっても俺だと気付かないだろうしな。そもそも知り合いが殆どいない。



 絵里香の様子を見る限り、昨日のことはちゃんと夢だと思ってもらえたっぽい。


 あ〜学校行きたくないわぁ、ずっと通学路でいいわぁ。

 絵里香と永遠に通学デートしていたい。


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