十一月二十二日 泣き笑い
病院の先生に「安静に」と命じられたので、今日は最低限のエネルギーで生活することに挑戦した。
料理もせず、数少ない管理人としての仕事である掃除もせず、お腹が減ったら簡単な食事を取る。朝食はレトルトごはんとフリーズドライの味噌汁、納豆。昼はインスタントラーメンに、これまたフリーズドライの野菜を入れて食べた。食器を洗うのは明日にする。
音がないと物寂しいのでテレビはつけるが、ワイドショーは刺激的すぎるのでEテレを延々流す。毛布にくるまってコーヒーを飲みながら、いつか観たカラフルな衣装の子どもたちを観るともなく観ている。
とはいえ。
「……さすがに退屈だなあ」
思わずあくびが出た。夜眠れなくなるのが嫌なので、昼寝はできるだけしたくない。最低限のエネルギーで生活するのも、案外疲れるものだ。
「映画観放題のサブスクにでも入ろうかな」
「いまはまだ退屈なくらいがちょうどいいんじゃないか。ストーリーの起伏があると、それなりに疲れると思うぞ」
シモツキさんの言う通りかもしれない。感涙モノのヒューマンドラマも抱腹絶倒のコメディも、前職ではいっさい観る気が起きなかった。
「それに、サブスクに入るならたいてい月初だろ」
「確かに」
もう十一月も二十二日だ。「観放題」が八日と少しだけしか使えなかったらもったいない。サブスクへの入会は十二月一日まで待った方がよさそうだ。
「せめて簡単な料理くらいはしたいな。こないだネットで見かけた『無限ほうれん草』を試してみたいんですよ。インスタントラーメンを作るのと大して変わらない気がするんですけどね」
冷凍ほうれん草とツナを混ぜ、鶏ガラスープの素とごま油で味つけしてレンチンするだけの料理だ。料理名は「無限に食べられそうなくらいおいしい」という意味で、検索するとほかにもいろんな野菜の「無限」レシピが出てくる。
「本当に無限に食べられるものなんでしょうかね」
「だいたい君の胃袋の容量が有限だろ。ちなみに映画の観放題も、一睡もしなかったとしても二十四時間×一ヶ月分しか観られないぞ。映画一本あたり二時間とすると一日十二本、一ヶ月が三十日とすると三百六十本が限界だ。いいか、この世に無限なんてものはないんだ。大げさな表現に騙されるな」
「数字に強いんですね。それも生前のシモツキさんと関係あるのかな……」
「小学生の算数レベルだよ。私のことはいま考えるなって」
ふふふ。唇から笑いがこぼれる。
「ああ、笑ってしまった。無駄なエネルギーを消費してしまいました。シモツキさんのせいですよ」
「む……、それはすまん。とにかく、今日は絶対安静だ。無限ほうれん草は明日にしなさい」
「はーい」
また笑ってしまう。僕はふざけているのに、シモツキさんは至って真剣なのがおかしかった。
シモツキさんが謝る必要はない。むしろ毎日楽しくて感謝しているくらいだ。
だからこそ、僕は覚悟しなくてはならない。
そう、この世に無限なんてものはないのだ。この楽しい日々にも、いつか終わりが来る。
シモツキさんと出会った十一月が、少しずつ過ぎていく。
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